〜神が行き着く先〜



     長かった仕事を終え、ようやく故郷に帰ることができる。世間の動乱を忘れ、余生は田舎で静かに

    過ごそうと思っている。

     私はサード・トゥリビレッジ(Surd・trevillage)。今やビッグビジネスの一つである、モエスタ・ジャパンの

    技術顧問であったが、イバラキでの仕事を最後に定年となった。企業からお払い箱にされて正直、肩の荷が

    降りホッとしているところだ。



     最後にニッポンの会長と一杯やってきたのだが、どうも彼はモエスタ創業者の曾孫に当たるらしい。前の

    社長の祖父が…うろ覚えなのだが、設立当初にAIロボットを使って、たった一年間で1000万円を稼いだという

    伝説を作った話で有名であった。そもそも製造業にセールス部のたぐいなどあるのかと、会長も嘘か本当か

    よく分からないと言っていた。

     そんなモエスタが初めて世に現れたのは、かれこれ100年も前の話だ。当時のモエスタは「萌須田」という

    名称で、設立当初は「もえすだ」とも発音していたそうだ。そのAI産業は、食品やテーマパークなど幅広く

    扱われる中の一つであった。

     萌須田が玩具用に開発した精密機械の性能は並、もしくは普通の市販品以下であったが、何より非常に

    丈夫であった。伸びや曲げ、衝撃や振動に強く、水にぬれても正常に作動したという話だ。

     今ではほぼ常識である、この「より丈夫な精密機械」という変わった発想を期に、萌須田は世界に名を

    知らしめることになったという。



     数年で国内産業において、そして技術力においても飛躍的に成長した萌須田は、今で言う「AIロボット」を

    玩具の延長として作り始めた。もっとも、ここまで規模が巨大になろうとは誰も予想だにしなかったであろう。

    元々、そんなオモチャを作っていた企業だからこそ、今の社風である「愛」という言葉が生まれたのかもしれない。

    機械に対して「愛」など取って付けたように聞こえるが、この場合はその限りでない。

     様々な技術革新を経て、今のAI達がある。正直、彼らと人間を見分けるのは難しくなっている。完璧な

    感情までもが彼らに付随しつつあり、ロボット達は当たり前のよう振る舞っているからだ。



     彼らは自分の意志で考え、自分の意志で動き、そして人間を助け、仲間を生み出し、自らの…命を

    絶つことさえある。

     だが一つ言えるのは、いくら彼らが人間に近づこうと、完璧なまでの感情を持とうと、彼らの命運は全て、

    我々人間が握っているということだ。

     たった一つのスイッチで彼らは歩き始め、そして永遠に動かなくなる。

     幸か不幸か、今のロボット達はそれに気がついていない。もし想定外の行動、バグが生じたのなら、

    プログラムを修正すればいい。人間がいる限り、彼らに絶対的な自由など許されないのだ。

     しかし人間がいなければ、彼らが生まれることもなかったであろう。皮肉なことに。



     そんな彼らは私たちに、新しい課題をもたらしてくれた。

     それは「神とは何か?」という問いである。



     電源を切ればただの機械であるはずなのに、なぜ私は彼らにこのような愛着がわくのだろう。スイッチを

    入れた瞬間、彼らには魂が宿る。目を見開き、呼吸をし、私に優しく語り掛けてくる。

     まるで私が、お前がずっと暗闇の中で待ち続けていた、その誰かであるように。



     しかし私はただの人間だ。そしてお前はロボットだ。

     なのになぜ彼らも私と同じよう、笑うのだろう。

     なぜ彼らも私と同じよう、生きようとするのだろう。

     私はずっとAIロボットを創り続けてきたのだが、いまだに分からないままでいる。ただの電圧変化が、

    果たして私の感情をここまで強く打つのだろうか?

     ロボットを創った本人ですら分からないのだから、「人はなぜ生きるのか」と神に問いかけることなど、

    ことさら無意味な気もする。

     いや、だからと言って、私は神を信じていないわけではない。



     私にとっての神は雲の上にいる。そしてロボットにとっての神は、彼らの目の前にいる。

     だが私自身、彼らにそう吹聴する気もなければ、感謝を求める気もない。……まさか私が神だって?

    馬鹿馬鹿しい。

     私はただの人だ。そう思いたい。



     萌須田……すでにあの時から、新しい時代は始まっていた。もはや人間が人間である時代は、

    終わったのだろう。…いつの日か彼らにも、そう思える時が来るのだろうか。


     残念ながら私自身、おそらくそう長くはない。

     そんな今になって思う。人間もAIロボットも、行き着く先など、結局は同じなのかもしれない、と。


    



【戻る】



inserted by FC2 system