〜バトル・オブ・モエスタE〜





    苫小牧は、雪だった。

    苫小牧港フェリー発着場に接岸したカーフェリーから、巨体を揺すってトレーラーが姿を現した。

    16輪のスタッドレスタイヤで雪を踏みしめ、銀世界に降り立つ。

   「雪か……」

    鉛色の空を見上げて、愛羅はつぶやく。

   「今の状況を考えれば、この綺麗な銀世界も、厄介ね……。

    予報ではひどくはならないと言っているけど、山の中だからわからないわ」

    およそ愛羅らしくない言葉だった。

    それは、積雪した山間部を大型トレーラーで走ることがいかに困難かを物語っていた。

   「さあ、幌を外すわよ。

     みんな、手伝って」



    長大なFRP製の白い箱にかけられた幌が、一気に外される。

    幌の下に隠れていた伊予姉の笑顔が、まぶしく輝いて見えた。

   「さあみんな、行くわよ。この笑顔を曇らせないようにね」

   『はい!』

   「こちら守璃です。トレーラーのスタンバイOK。いつでも発進できます」

   「了解。予定通りですね。

   それでは、スタートしてください」

   愛羅はキーをひねった。

   セルが回り、ターボチャージャー搭載のディーゼルX10型インタークーラーターボエンジンが力強く目覚める。

   排気量1万6000cc、出力480馬力。国産最強のモンスター。

   「それじゃ、出発進行!

    頼んだわよ。日野スーパードルフィン・プロフィア」

    愛羅はアクセルをグッと踏み込んだ。






   「こちら那津海です。自動車事故が発生しています。前方60メートル地点」

   「こちらラグナです。確認しました」

   緩やかな右カーブが終わると、事故現場が見えてきた。

   ミニバンが横転し、その先にリムジンバスが道路に対し横に止まっている。バスとガードレールの間に

   普通車1台分くらいの隙間が開いているが、その向こうに路肩に乗り上げたセダン。計3台の車で道路が

   塞がれていた。

   トラックのドライバーと思しき作業服姿の男性が、こちらへ向けて発炎筒を振っていた。

   「うわあ、ひどい……」

   「至急、救助活動が必要ですね」

   「突破するわよ」

   突然の愛羅のひと言。ラグナと守璃が思わず振り返る。愛羅は前を向いたまま、指切りグローブをはめた手で

   ハンドルをしっかりと握り締めていた。右足はアクセルにかかったまま。

   エアホーンを高らかに鳴らしながら、巨大トレーラーはスピードを落としもせずに突っ込んでいった。

   発炎筒を振っていた男が飛びのき、トレーラーは横転したミニバンの横を駆け抜ける。その蹴散らされるというには

   あまりに機敏な動きに、ただの一般人ではないことにラグナが気づいたとき、リムジンバスの窓から一斉に銃口が

   向けられた。

   「!!」

   那津海が上空から、M16自動小銃に取り付けたM203グレネードランチャーを発射した。道路に被弾して

   爆発し、巻き上げられた雪煙がバスを一瞬で覆いつくす。その隙にトレーラーはバスとガードレールの僅かな

   スペースに突入した。目の前にセダン。

   「ぶつかる!」

   愛羅がハンドルを回す。バス、ガードレール、セダン。余裕は1センチもないスペースを走り抜ける巨体。

   すべてに引っかかることなく、トレーラーは無傷でクリアーした。

  バスの銃撃隊が再びトレーラーを狙う。ミキと守璃がドアから身を乗り出して発砲し、バスの前輪を45口径

  マグナム弾、後輪のダブルタイヤを10番ゲージの散弾で引き裂いた。バスがつんのめるように沈み、銃撃は

  あさっての方向へ飛んでいってしまう。

   トレーラーは雪煙の彼方へ消えていった。

  「あの長大な車で、この隙間をすり抜けるとは……」

   発炎筒を振っていた男が、驚嘆の表情でトレーラーを見送った。

  「作戦は失敗だ。本部へ連絡しろ」




  「……ふう」

   愛羅はたまっていたものをすべて吐き出すかのようなため息をついた。

  「どうにか無傷でクリアできたわね」

  「……凄いです」

   ラグナが、あっけにとられたように口を開いた。

  「あの僅かなスペースを、ブレーキもかけずに……」

  「ブレーキをかけたら、クリアできなかったわ。ジャックナイフを起こしちゃう」

   ジャックナイフってなんだろう? とラグナは思ったが、今は解説を求めているときではないと判断した。

   その代わり別のことを聞いてみる。

  「どうして、あれが敵のカモフラージュだとわかったのですか?」

  「事故の状況よ。

   車の壊れ方や位置が不自然だったから」





  「……そう、わかったわ。

   貴方たちはその場の痕跡を消し、撤収しなさい。

   作戦を続行しますわ」

   珠美は無線を切った。

  「ふふふっ……。やりますわね。

   でも、まだ予想の範囲内ですわ。

   さあ、貴女たちの力、もっともっとこの私に見せてくださいな」




   愛羅が静かに言った。

   「これはまだ序の口よ。

   文字通り、始まったばかりだわ」






   左右にそそり立つ黒い壁のような森林地帯を抜けると、一面の雪原が広がった。

   なだらかな山肌も、今は白一色に染め上げられている。

   ここから3,2kmの区間、平地が続く。襲撃される可能性の高いポイントして挙げられた場所のひとつだ。

   「……くるかしら」

   愛羅がぽつり、と言った。

   『この先2km、熱源は確認できません』

   上空から那津海が言った。

   もちろんそれは安全を意味するものではない。雪の下に隠れていないとは限らない。

   (雪は新雪……氷はまだほとんどできていない)

   アイリスからもたらされる路面状況の分析結果と、雪を踏むタイヤの感触から得たデータを照らし合わせ、愛羅は

   慎重にトレーラーを操った。

   ずっと瞼を閉じていたミキが、すっと目を開いた。

   「……きます!」

   前方の山肌で、突然雪が跳ね上げられた。

   簡易なトーチカに守られて姿を現したのは、2人がかりでやっと持ち運べるような地対空用の重機関銃。

   巨大な銃口が空を向き、火を噴いた。光の粒となってヘリ目がけて殺到する。

   「うわわわわっ!」

   ヘリが必死で回避行動を始める。那津海の自動小銃とグレネード砲ではとても歯が立たない。

   「前方に敵出現!」

   ミキが叫ぶ。雪の中に隠れていた白一色のコマンドたちが位置もばらばらに一斉に立ち上がり、武器を構えた。

   M72ロケットランチャー。

   「守璃!」

   「はい!」

   対戦車砲の一斉放火がトレーラーへ襲いかかった。大型トレーラーの周囲に被弾し、次々に火柱が立つ。

   吹き飛ばされた雪と土砂がフロントガラスに叩きつけられるのをワイパーで拭い取り、愛羅はハンドルを切った。




   (おかしい……何故当たらん?)

   コマンドの指揮官はトレーラーが大した回避行動を取っていないのにまったく当たらないことに気づいた。こちらとて

   珠美総司令からの厳命により破壊が目的ではないとはいえ、あからさまに外して撃ったりはしていないのにだ。

   大げさな動きをすればたちまちバランスを崩し、制御不能に陥る車だ。最初から被弾場所がわかっているとしか

   思えない。

   (やはり、弾道を読まれているのか?)




   「愛羅さん、どうですか!?」

   守璃がバズーカ砲の角度などから目視で弾道を計算し、そのデータをもとに愛羅が最小限の動きで回避する。

   2人の回路のシンクロ。お互いを知り尽くした本社のロボットだからこそできる芸当だった。

   「いい調子よ! このまま突っ切るわよ!」

   「はい!」

   「本気で当てるつもりで撃て!」

   すぐ目の前で火柱が立つ。

   「キャッ!」

   「さすがに気づかれたわね。 でもこれからが真骨頂!」

   1人がトレーラーの真横を狙っている。トレーラーに横滑りを起こさせてバランスを崩す気だ。そしてもう1人が

   前輪を狙っている。このままでは爆発の衝撃で制御不能に陥り、横転してしまう。

   愛羅は目の前にこれまでの爆発で雪が吹き飛ばされ、乾いたアスファルトがわずかに露出しているゾーンが

   あることに気づいた。


   いちかばちか!



   バズーカが2つ同時に火を噴いた。愛羅はブレーキを踏みつけた。強力な油圧ブレーキが一気に作動し、

   トレーラーのスピードがガクンと落ちる。トレーラーが雪煙を巻き上げて横滑りを始め、車がサソリのように

   折れ曲がっていく。狙いを外されたロケットが2発とも地面で爆発した。愛羅がシフトダウンし、アクセルを踏み込む。

   トラックが爆煙を突き破り、スリップするトレーラーの車輪が乾いたアスファルトをとらえ、がっちりとグリップした。

   ジャックナイフ現象から立ち直ったトレーラーは、コマンドたちの横を走りぬけた。




   「撃ち方やめ! 退け!」

    司令官が叫ぶ。ロケット砲も重機関銃も沈黙した。



   「ジャックナイフを利用するなんて……。 こんなやり方、聞いたことない」

   ミキがぼそっとした言い方をした。

   「さすがに博打だったけどね」

   「でも……さすがですね。お2人とも」

   愛羅と守璃を見やってラグナが言った。

   「私たち支社のロボットも……こんな風になれたらいいですね」

   「なれるわよ。絶対」

   愛羅がにっこり笑った。



   「ふふふっ……。面白くなってきましたわ。

    やはり、これの出番のようですわね」


   格納庫の中に鎮座する巨大な黒いシルエットを見上げ、珠美は不敵に笑った。







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