〜マスターの優雅な一日〜



    「お兄ちゃんお兄ちゃん! 見てみて――はうっ!」

 

    背後からの奇声に振り返ったオレは、こちらを目掛けて飛んできた、重く、硬い何かに顔面を強打され、

    その場にぶっ倒れた。

    「アイタタ、ころんじゃったよう……。あれ? お兄ちゃん、何やってるの?」

    「……い、痛#$……、何%&*+……」

    「え? なに?」

    やっとの思いで手を動かし、スッポリと視界を覆う板のような物を押しのけた。

    どうやらそれは、古いアルバムのようだった。

    「……だから……、言っただろ、ココ……。家ん中じゃ、走るな、って……」

    身体を起こしながら、顔をさすってみる。

    命中の瞬間はかなり痛かったが、幸い怪我はしていない。

    「ゴメンなさぁ〜い♪」

    オレと同じように尻餅をついた姿勢のまま、笑顔でこちらを拝んでみせる少女――ココ。



    彼女は、人間ではない。

    萌須田社謹製のコミュニケーション・ロボット、電気仕掛けの“妹”だ。

    もちろん、その事は重々承知している。忘れたりはしない。



    でも――



    「わっ、バカ! 足! 足を閉じろ! み、見えちゃうだろ!」



    恥じらいの欠片もない大開脚スタイルを、つい、叱りつけてしまう。

    ……そう、まるで、「本当の妹」に対するように。



    「えっ、見えるって、何が?」

    「だから! 足! まず足を閉じろ!」

    「あー! えっちだー! お兄ちゃんがえっちだー!」

    言われて初めて、自分があるエリアを凝視している事に気付き、あわてて顔を背ける。

    大丈夫、オレは見ていない。

    ……やましい事は何もないぞ!

    「ばっ、やめっ、違う! いいから足を閉じろ!」

    「えっちだー! えっちだー!」

    断じて、そんな浅ましい事は考えていない!

    大体な、本気で見たいのなら、気付かないフリしてじっくりマジマジ見るっつーの!

    「……ぷぷっ」

    「?」

    「ぷっ……、ぷぷぷ……だいせいこう……ぷ……」

    「???」

    「あはははは! お兄ちゃん、顔、真っ赤だよ?」

    「なっ!」

    「そんなにあわてなくても、中にブルマはいてるから見えたりしないよ?」

    「…………」

    「お〜い、お兄ちゃん、聞こえますかー? もしも〜し?」

    「……………………」







    「……そう言えばこのアルバム。随分と懐かしいモノを掘り出してきたな」

    「うん! スゴイでしょ!」

    表紙には「出生記念・○○年△月×日」という文字が記されている。

    ほかならぬ、オレ自身の誕生日だ。

    「あのね、愛羅ちゃんが『ベッドの下には男のロマンが隠してある』って言ってたの。だからココ、探してみたの!」

    「ほ、ほほ〜ぅ……」

    あ、あぶねえ、今朝、ちょうどその「ロマン」をゴミに出したばかりだ。

    あと少し遅かったら、「オレ自身の尊厳」がゴミと化す所だった……。

    「そしたらねぇ、本当にあったの! すごいね、愛羅ちゃんって物知りだね」

    「な、何だと!?」

    そ、そんなバカな! あれが最後の一冊だったはず……!

    「知らない人の、いろんな写真がね、いっぱい載ってるの。眺めてると、ちょっぴり変な気持ちになるの。

     不思議だよね」

    み、見たのか、中を! ……最悪だ。

    しかし、いくらロボットとは言え、ココも女の子。

    そのテのモノには嫌悪感を覚えそうなものだが、意外にアッケラカンとしているな。

    それどころか、「変な気持ち」って……!?

    「アルバムって、本当に面白いね。さすが、男のロマンだね!」

    ――これの事かよッ!







    「それにしても……。なあ、ココ、『知らない人』の写真って、そんなにたくさんあったか?」

    確かに、この家で暮らしているロボットたち―ココ、アイリス、愛羅、RUNA―は、オレの家族や友人たちと

    直接会った事がない。

    しかし、このアルバムは、いってみればオレの成長記録だ。

    どの写真も、真ん中に写っているのはオレなのだ。

    知らない人の写真、という言い方にはなんとなく違和感を覚える。

    「うん。さっきも言ったけど、不思議なの。赤ちゃんでしょ、それから幼稚園、小学生、あと、

    中学生とか高校生とか、いろんな男の子が写ってるの」

    「不思議……って、どう不思議なんだ?」

    「えっとね、何ていうのかな。背の高さとかみんな違うのに、顔がそっくりなの。まるで、同じ顔の人が、

    伸びたり縮んだりしたみたいに」

    ああ……、なるほど、そういう事か。

    「なあ、ココ。その『男の子』たちって、みんな“こういう顔”してるだろ?」

    オレは、自分の顔を指差してみせる。

    「そうそう! そうなの! どの写真の子も、お兄ちゃんそっくりなの!」

    分かってみれば簡単な事だった。

    ココには「成長」という概念がないらしい。

    写真の少年たちが、赤ん坊→幼稚園児→小学生……と、順を追って育ってゆき、最終的に、目の前にいる、

    この「オレ」になったのだ、という事が理解できないのだろう。

    考えてみれば無理もない。

    こいつらは、現在の、この姿で「生まれて」くる。

    オレたち人間にとっては、呼吸の仕方と同じようなごく当たり前の現象でしかないが、彼女たちにとっては、

    基礎知識のデータベースに書き込んでもらうか、誰かから教わる以外、知るすべがないのだから。

    ……ってゆーか、忘れんなよ萌須田社! ビックリするだろ!

    「ココ、他の連中にもコレ見せたか?」

    「うん! さっきまでね、みんなで『誰だろうね』って話してたの。結局、分かんなくてお兄ちゃんに聞きにきたの」

    「あのなあ、それならそれで、キワドイいたずら仕掛けてないでフツーに訊ねてくれよ」

    「えへへ、ごめんなさぁ〜い♪」







    「ん? どうしたRUNA、遠慮なく言ってみ? ほら……」

    「……あ、あの……。この、お城……何ですか?」

    「ああ、これは鶴ヶ城だな。福島県の会津若松だ。ほら、トイレの脇に木刀が立てかけてあるだろ? 

     アレはこの時に買ったんだ」



    その後、オレは「プチ講習会」を開いた。

    一年も一緒に暮らしていると、こういう、人間とロボットの認識の違いはしばしば現れてくる。

    些細な事のように見えても、放置すると思わぬトラブルの種になる――というのは、コミュニケーション・

    ロボット取り扱いマニュアルの受け売りだが、そんな事とは関係なく、こいつらに何かを教えるのは……、

    とても楽しい。



    「旅館の女将さんがさ、こう、黒田節を踊ってくれるんだよ。まあ、おもてなしの心っていうか、

    サービスなんだけどな、コッチはガキだから、全然意味わかんねーんだよな」

    「あらあら〜、せっかくの宴会なのに、オレンジジュースで乾杯してるの? 

     やっぱりここはビールじゃないとねぇ〜☆」

    「だーかーら! “お酒は20歳になってから”って、いつも言ってるでしょーが! 修学旅行生に

     アルコール出す旅館がドコにあるんだっつーの!」

    「あ、ゆーえんち! いいなあ、ココも行きたい〜!」

    「中学のだな。東京日乃本ランドだ。……そうだな、もし平日に休み取れたら、みんなで行ってみるか?」

    「やったー♪」

    「……マスター」

    「ど、どうしたアイリス」

    「この、親密な感じで手をつないでいる女性は、一体どちら様でしょうか?」

    「じょ、女性!? ……って何だ、『きりんぐみ』の『みぃちゃん』じゃないか」

    「どういったご関係で?」

    「か、関係って……、幼稚園の頃の友達だよ」

    「では、こちらの、マスターを愛しげに抱きしめている方は?」

    「……それはおふくろだ」







    「……それで、開発室じゃ何て言ってた?」

    「はい。私も驚いたのですが『人間の成長』に関する体系的な記述は、データベースに一度も入力された事が

     ないそうです。完全に、盲点になっていました」

    「って事は……、オレたちが、ゼロからやらなきゃならん、っていうわけか」

    「いいえ、ある程度私たちの学習記憶を流用できるでしょう。マスターの『プチ講習会』は意外にも

     かなり有効でした」

    「“意外にも”は余計だ。でもまあ、そういう事なら無問題だな。それじゃ、今日はこれぐらいにしとくか」

    「はい、マスター。では、失礼してお風呂をいただきます」



    ちょっとした打ち合わせを終えた所へ、入浴を済ませた愛羅とココが戻ってきた。

    入れ替わりに出て行くアイリスを、少しドキドキしながら見送る。

    たぶん、RUNAと一緒に入るつもりなのだろう。

    面白いことに、こいつらは、……いや、「彼女らは」と言うべきか。

    “ロボットである以前に、まず女の子”なのだ。

    汗もかかず、垢も溜まらないというのに、好きこのんで風呂に入りたがる。



    おかげで――



    「ちょっ、ちょっと愛羅さん! バスタオル一枚で出てこないで! 頼むからさ!」

    「ええ〜、イイじゃない、ちょっとぐらい。キミだって、本当は好きなんでしょ〜☆」



    気の休まる暇がない。



    「……あ、あの……」

    「うおっ!? る、RUNA? お前、まだオレの後ろにいたのか。アイリスは行っちまったぞ?」

    「……は、はい……。でも、あの……」

    「ん、どうした? 何か言いたい事があるのか?」

    普段から引っ込み思案なRUNAだが、今日はいつにも増しておどおどしているようだ。

    変にせっつくと余計に萎縮してしまうので、ここは辛抱強く待ってみる。

    「……えっと、その……、お好きなんですか?」

    「は?」

    「その、今みたいな格好の愛羅ちゃん……」

    「なっ!? い、いや、それはその!」

    ま、まさかRUNAがそんな事を……。

    予想外の言葉に、オレのアタマは真っ白になってしまった。

    「あらあら〜、そんなこと言ってても、視線は釘付けですよ〜☆」

    「わあっ! 自分から視界に入ってくるな! 二の腕で寄せるな!」

    「あははっ、愛羅ちゃん、おっぱい大っきいもんね〜♪ ココ、さっきお風呂で触らせてもらったんだけど――」

    「だ、ダメだダメだダメだ! それ以上言うな! 聞きたくない! 断じて聞きたくないぞ!」



    「皆さん、何をしているのですか」

    突然、凛とした声が響きわたり、ピンク色のもやを一掃した。

    「あ、アイリス……」

    「マスターが困っていらっしゃるではありませんか。悪ふざけもほどほどにしてください」

    本気で怒ってはいないようだが、それでもかなり厳しい表情だ。

    主犯の二人は、といえば、笑いをかみ殺しながら肘で突っつきあっている。

     ……中学生か、おまえら。

    「ギロッ!」

    「ひいっ!?」



    なぜか、オレがおもいっきり睨まれた。







    アイリスとRUNAは風呂場へ行き、愛羅は寝室へ引っ込んだ。

    今は、パジャマ代わりの白いワイシャツを着たココと、リビングで二人っきり。

    「どうしたココ、まだ寝ないのか?」

    この場合の「寝る」というのは、いわゆる「メンテナンスモード」の事だ。

    マニュアルの解説によれば、その日一日、経験した出来事や学んだ情報などを、より「知識」として

    利用しやすくするため、分割、整理して記憶領域に納める作業……だそうだ。

    CPUやメモリを総動員するため、最低でも1時間、理想的には5時間以上、完全に活動を

    停止しなければならなくなる。

    これは萌須田社のエンジニアから聞いた話だが、この「メンテナンスモード」ってやつは、

    人間や動物が“夢”を見るメカニズムを参考に開発されたらしい。

    文字通り、「アンドロイドは電気羊の夢を見る」のだ。

    「うん、ちょっとね、お兄ちゃんとお話したくて」

    「どうした、相談事か?」

    「えっと、相談、っていうより、お願い、かな」

    「ふむ」

    「あのね」

    「ああ」



    「……ココを、大人にしてほしいの」



    「……はい?」

    一瞬、何を言われたのか判らなかった。

    無論、聞こえなかった訳ではない。

    普段、明るい笑顔がデフォルトの、ココが。

    恥ずかしげに、顔を伏せるようにして。

    「お兄ちゃんだけなの。お兄ちゃんにしか、頼めないの。お願い、お兄ちゃん……」

    上目遣いに、見上げてくる。

    オレは、ツバを飲み込んで、張り付いた咽喉を無理やり動かした。

    「そ、それはつまり……?」

    「うん、ごめんね、急に変な事言って。でも、ココ……」



    「愛羅ちゃんみたく、『ぼいんぼいーん!』になりたいの!」



    「…………」

    「あれ? どうしたの、お兄ちゃん。とっても疲れてるみたい」

    「……いや、……大丈夫だ。それより、もう少し詳しく説明してくれ」

    「あのね、人間は、赤ちゃんで生まれて、『成長』して大人になるんだよね?」

    「うむ、その通りだ」

    「男の子は、背がたかくなって、つよく、たくましくなる」

    「まあ、そうだな。ある程度個人差はあるが」

    「女の子は、おっぱいとかおしりが大きくなって、『せくしーだいなまいつ』になる」

    「ドコで覚えたんだよ、そんなコトバ……」

    「愛羅ちゃんがね、『タンスの引き出しの奥には、男の夢が隠れている』って……」

    「ぎゃーっ! そっちか!」

    「で、そこにあったDVDを――」

    「……わかった、それはもういいから……」



    ココの話はこんな感じだった。

    曰く、見つけた“男の夢”(中身はグラビアアイドルのPV)に「そういう」女の人が出てきた。

    また、風呂上りの愛羅を見たオレの顔が、(オレ自身に自覚はないが)とてもうれしそうだった。

    自分も一緒に喜ばせてあげたいけれど、ペッタンコなのでそういう役には立ちそうもない。



    今までは、持って生まれた自分の身体に、不満を感じた事などなかった。

    でも――

    「ココがもし、人間の女の子だったら、がんばって早く大人になるのになぁ〜、って思ったら、

    ちょっぴり悲しくなっちゃって……。えへっ、ヘンだよね♪」

    笑顔のまま、ちろり、と舌を出してみせる。

    「でもね、気付いたんだ。ココ、ロボットだから、いつでもカラダ作りなおせるって。すぐに『ないすばでー』に

    なれるんだ、って」

    アタマいいでしょ、えっへん、と続けて、胸を張ってみせる。



    コミュニケーション・ロボットは、常に人間に興味を持ち、より深く知ろうとする。

    そうして知りえた情報は、可能な限り自らの行動規範に反映させようとする。

    つまり、人間に近づこうとする志向性を持っている。

    一見、消極的なように見えるRUNAやアイリスも例外ではない。

    そのように「作られて」いる。

    外見年齢を低めに設定されているココが、「大人の女性」に憧れを抱き、ロボットなりの手段をもって

    願望を実現しようとするのは、ある意味当然の事、なのかもしれない。



    「ねえ、お兄ちゃ〜ん、お・ね・が・い♪」

    「……まあ、ココがそうしたいなら、別に構わないぞ。開発室のデザイナーに頼んでみよう」

    「やったー!」

    「でも、その前に――」

    オレは一旦言葉を区切り、座っているソファーの隣をぽんぽん、と叩いてみせる。

    「えへっ♪」

    ココが、満面の笑みを浮かべて飛び込んでくる。

    ただし、着地点はオレの膝の上だった。

    「ぐふうっ! そ、そこじゃないっ……! と、となりに……」

    「えへへへ〜、おに〜いちゃん♪」

    「ふう……、ま、いっか」

    機械で出来ているはずのその身体は、あくまでも、柔らかく、暖かい。

    オレは、ココの頭をやさしく撫でながら、ゆっくりと話しかける。

    「……なあココ、クリスマスの時の事、覚えてるか?」

    「もちろんだよ〜! たいせつな思い出だもん、忘れたりしないよ♪」

    ココが初めてこの家に来たとき、なぜか、名前の後ろに(仮)が付いていた。

    ロボットモニター向けの説明会で居眠りをしてしまい、(仮)が取れる条件を聞き逃したオレは、

    日常生活には大して影響がない事もあり、長い間その問題を放置することになってしまった。

    結局「萌須田社社員として、管理権限を認められた者に命名権が与えられる」という仕組みを偶然知ったのが、

    去年のクリスマス・イブだったのだ。

    「そっか、偉いぞ、ココ。……それなら、あの時のオレの言葉……、言えるよな?」

    「うん、まかせて! えっとね……、あ!」

    「ははっ、思い出したみたいだな。ほら、言ってみ?」



    「うん……『ココは、ココでいいよ……うぐぉ』……だよね?」



    「おいおい、『うぐぉ』まで再現しなくてイイって。でもまあ、正解。よくできました」

    ご褒美に、ちょっぴり強く、くしゃくしゃと頭を撫でる。

    ちなみに、抱きついてきたココに絞め落とされそうになった、オレのうめき声だ。

    「なあ、ココ。あのとき言ったオレの気持ちは、いまでも変わってないぞ。こうして、お前と一緒に

    過ごしているだけで、オレは充分に楽しいんだ。ココはココだ。それでいいんだ」

    「……ありがとう、お兄ちゃん。やっぱり、すごくやさしいね」

    「おうともよ! こんなにデキたオニイチャンは、そうそう見つからねえぜ! せいぜい大事にするこった!」

    何だか、ものすごく柄にない事を言ってしまったような気がして、ついヤケになってしまう。

    「あははっ、肝に銘じときやっす♪ ……ねえ、お兄ちゃん」

    「おう」

    「……さっきのお願いだけど、やっぱやめとく。ごめんね」

    「そっか。ココがそう思うなら、別に構わないぞ。聞かなかった事にしよう」

    「うん♪」



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