〜黄金の剣 解き放ちて(前編)〜



    淡い月の光を浴びて、3つの人影が向き合っていた。


    ひとりはこの私、アイリス。後ろにはマスターがいる。そして3人目の彼女は……誰だろう? 護るべき人を

   背にした私と対峙するからには、討つべき敵なのだろうか。

    果たして、金色の髪の彼女は金色の目で私を見据えてこう告げた。

    「おまえを破壊する」

   ――そんな幻を、視た。




    「お兄ちゃん、お帰りなさい」

    12月も半ばを過ぎたある日の夕方のこと。マスターと愛羅さんが買い物から帰ってくると、いつものように

   ココさんが真っ先に出迎えに走っていった。その後をRUNAさんがちょこちょことついていく。

    この家で私たちが暮らし始めてから、毎日のように繰り返されてきた光景だ。けれども初めのころとは

   変わった事柄もある。

    「はい、これ頼むわね」

    一番最後に玄関へ顔を出した私は、愛羅さんから受け取った買い物をキッチンへ運んだ。そして中身を

   確認して分類し、相応の保管場所へ収めていく。野菜は冷蔵庫の野菜室、冷凍食品は冷凍庫。日持ちのする

   菓子類は戸棚の中へ。

    マスターの元を訪れたばかりの私は、命令が無い限りずっと待機状態を保っていた。今はこうして自発的に

   行動できる。ココさんたちだって、ただマスター会いたさに走っていったのではなく、帰宅したふたりがコートを

   脱ぐのを手伝っている。



    4体の人型ロボットとそのモニターは、今やごく自然に助け合える、家族と呼べる関係になっていた。



    そんなことを考えながら買い物の整理を済ませ、リビングに戻るとみんなが愛羅さんを囲んでいた。

    「聞いてよアイリスちゃん! 商店街の福引でホテルのディナー券が当たったんだって」

    「愛羅ちゃん、前にも温泉旅行を当てたし、すごいと思います」

    ココさんが興奮して早口で説明し、RUNAさんがこくこくとうなずきながら言い添えた。

    クリスマスを間近に控え、どの店も積極的に売り出し中だ。そうしたイベントのひとつで愛羅さんが見事に

   幸運を射止めたということなのだが、成果を称えられた本人は苦笑いを浮かべてマスターと顔を見合わせた。

    「いやー、今回は当たったって言うかね。体よく押し付けられたというか」

    「なにしろ『ボーナスチャンス』とか言って、2回も多く引かされたからな」

    そう言ってマスターが抽選機を回すしぐさをする。

    「当選したことに何か問題があるのですか」

     事態を把握しかねて質問すると、愛羅さんがディナー券に印刷されている有効期限の箇所を指差した。

    「あっ、この券、今度の土日までしか使えないって書いてあるよ!」

    「あの、今日はもう金曜なんですけど……」

     なぜかRUNAさんが申し訳なさそうに言った。つまりこの券は明日あさってしか使えないということになる。

    これでは確かに当たったといっても素直に喜べない。

    「どうにかして期限切れの前に、客に渡したっていう格好にしたかったんだろうな。まあ明日は何の予定も

     無いことだし、行ってもいいとは思うんだけど」

     マスターはそこで言いよどんで、私たちの顔を見渡した。

    「これ、ペアチケットなんだよ。使うなら誰と誰が行くのか決めなきゃいけない」

    「もう、何言ってるの。ひとりはキミで決まりでしょ」

     愛羅さんがあきれたように割り込んで言った。

    「はーい、お兄ちゃんと一緒にお出かけしたい子はいるかなー?」

     まるで保育士が幼児にするように呼びかける愛羅さん。そこまで幼いつもりはないけれど、私は挙手して

    意思を表明した。

    「マスターが行かれるのでしたら、私がご一緒します」

     するとたちまち全員の驚きの視線が私に集まった。

    「ど、どうしたのアイリスちゃん?」

    「お兄ちゃんとお食事したいっていうのはわかるけど、アイリスちゃんがそんなこと言い出すなんて」

     どうやら普段とは違う行動を取ったせいで、軽い混乱を引き起こしてしまったらしい。ここは動機を

    説明しておいたほうがよさそうだ。

    「夕べの散歩中に月の力を借りて占いを執り行ったところ、近々マスターに何らかの累が及ぶと出ました。

     外出されるのでしたら、どうぞ護衛として私をお連れください」

     話を聞き終えたみんなは、なんとも表現しづらい曖昧な笑みを浮かべた。

    「そ、そうだよね。女の子なら占いって気になるもんね」

    「RUNAもテレビの占いコーナーをつい見ちゃうこと、ありますし」

    「OK! 気持ちはよーくわかった。もう私たちは何も言わないから、存分に楽しんでおいで」

     なんだか事情を説明したことで、かえって混乱が増した気がする。

    「みなさん誤解していませんか? これではまるで私がマスターと外出したいばかりに、

     占いを口実に使ったような……マスターも何赤くなっているんですかっ!」

     こうして明日の夕方、マスターと私でホテルのディナーに赴くことになった。




     現在は午後10時過ぎ。リビングに残っているのは夕食の後片付けを終えた私と愛羅さんだけだ。

    「すっかりみんなに誤解されちゃったわね、アイリスちゃん」

     熱いお茶を湯飲みに注ぎながら、愛羅さんがいたずらっぽく笑う。

    「誤解と知りながら、あおるような事を言っていたのですか」

    「ごめんねー、それが私の仕様だから」

    「それは仕様ではなくバグというのです」

     軽口の応酬をお茶をすすることで途切れさせた愛羅さんは、ふいに真顔になって尋ねてきた。

    「で、本当は何があったの?」

     同時期に製作された私たちにとって、年恰好の違いは開発コンセプトの差異でしかない。

    しかし愛羅さんは時折こうして年長者らしい顔をのぞかせる。

    「お話したとおりです。昨日の占いで凶兆を読み取りました」

    「それもただの占いじゃなくて、月の力を借りたヤツね」



     月光を浴びたときに各センサーの感度が高まる、隠し機能が私にはある。古来より人が月に重ねてきた

    神秘的なイメージを再現しようという、開発者の遊び心なのだろう。

     私が月の下で見る風景は、昼間とはまるで違う。強い光に照らされたときのまばゆさはないけれど、

    陰影はどこまでも奥深くきめ細やかに変わる。たとえるなら鏡の曇りをぬぐったときのように、世界をより

    鮮やかに感じられるようになる。

     だから私は月夜の散歩が好きだった。あまりセンサーに負担をかけるわけにもいかないので、日傘ならぬ

    月傘で光を浴びる量を調整しつつ、見慣れた街の見慣れぬ姿を確かめに歩くのだ。

     そして、その状況で占い札を繰れば、生み出す成果が単なる手遊びを越えることもある。



    「久しぶりにLPSによる幻視が訪れました。あれほど明確なものは初めてかもしれません」

    「エルピーエス? ああ、『ちょっとだけ予知機能』ね」

    「ええ、まあ、そのように呼んでもらってもかまいませんが」



     私に搭載された限定的未来予測機能、略してLPSは情報分析の補佐的役割を担い、ごく近い将来に

    起こりうる出来事について警告してくれる。

     いくらロボットでも、センサーから入力される情報をすべて処理できるわけではない。たとえば

    監視カメラのように見た景色を逐一録画していたのでは、すぐに記憶容量がいっぱいになってしまうだろう。

    だからあらかじめ情報の取捨選別を行い、処理すべき事柄とそうでないものを分けねばならない。

     つまり重要度の低い情報は、人間の脳と同じように忘れてしまうわけだが、LPSはそこでもう一段階の

    審査を行い、切り捨てられた情報の中から未来にかかわりがありそうなものを拾い上げる。

     もっともそうして再獲得した情報はいたって断片的なもので、実現して初めて意味がわかるものが

    ほとんどだ。まったくの的外れであることも少なくない。未来予測といっても、結局のところは占いのように

    曖昧な暗示を読み解くのと変わりがないのだ。

     しかし夕べのように月の光を浴びた状態では、ごくまれに真に迫った幻の光景をLPSが送りつけて

    くることがある。そしてその予測が外れたことは、これまで一度もない。



    「今日の買い物も心配だったのですが、いつもどおりの行動なら問題は起こらないだろうと判断しました。

     しかし明日のような突発的な出来事は、見過ごすことができません」

     私は愛羅さんに幻視の内容を説明して、先ほど名乗りを上げた真意を語った。

    「あの謎の人物が、赴いた先のホテルでマスターに危害を加えようとする可能性は高いと思われます。

     私がそばについてお守りしなければなりません」

     ところが愛羅さんは首をひねって言った。

    「いや、話を聞いてるとね、幻の中の人が狙ってるのは彼じゃなくてアイリスちゃんみたいなんだけど」

    「まさか。それは私の存在が邪魔だからでしょう。マスターは人から恨みを買うような方ではありませんが、

     男には家の外に七人の敵がいるといいますし」

    「そんな大げさなものじゃないと思うんだけどな」

     愛羅さんは優しそうな笑みを浮かべて私を見た。

    「危ないことを気にするのもわかるけどね、せっかくふたりきりでお出かけするんでしょう? 肩に力を

     入れてばかりじゃなくて、もっと明日を楽しみにしないと」

    「私にとって一番大切なのは、マスターの身の安全です。気を抜いたために警護の役を果たせなかった、

     ということがあってはなりません」

    「あら、じゃあアイリスちゃんがピリピリしているせいで彼がつまらない思いをしてもいいの?」

     私は言葉を詰まらせた。マスターに不快な思いをさせるのは、もちろん私の本意ではない。

    「相手を幸せにしたいと思うなら、まず自分が幸せにならなきゃダメよ。だから戦う準備と一緒に、

     ディナーを満喫する準備もしておきましょ」

     愛羅さんはいたずらっぽく笑ってささやいた。

    「大丈夫、お姉さんに任せておきなさい。女の子なら、やっぱりおめかししないと、ね」


    




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