〜黄金の剣 解き放ちて(中編)〜



    冬至前の日は暮れるのが本当に早い。ホテルのディナーに赴く予定時刻の午後6時になったばかりなのに、

   外はもうすっかり暗くなっている。月夜の散歩には慣れているけれど、マスターと出かける今は明るければ

   いいのにと思わずにいられなかった。

    私が身支度を整えて玄関に向かうと、ちょうどマスターが靴を履き終えたところだった。さらにそこへ留守番の

   3人が見送りにやって来る。

    「それじゃ、行ってくるよ」

    「は、はい。自動車に気をつけてください」

   マスターが軽く手を振ると、皆が口々に挨拶する。そんな中、ココさんが私にだけ聞こえるように小声で言った。

    「お兄ちゃんを、お願い」

    私は昨日、マスターの身に危険が及ぶかもしれないと公言してしまった。あの時は真剣に取り合えて

   もらえなかったと思ったけれど、大切な人によくないことが起こると言われたら、気にせずにはいられなかったの

   だろう。不安にさせたのは、私の失態だ。

    ココさんの小さな手をきゅっと握って私がうなずくと、彼女は花の咲くような可憐さで笑い返してくれた。

   やはりココさんには笑顔が似合う。

    そのちょっとしたやり取りに気づかないまま、マスターは振り向いて玄関の扉を開けた。すかさず愛羅さんに

   目配せすると、彼女は背後から引っ張り出してきたある物を私の手に預けてくれた。

    「あ、お土産はビールでいいから」

   最後の一言は聞こえないふりをして、私はマスターに続き戸外へ出た。





    「思ったほど寒くなくて、よかったよ」

   そう言いながらこちらに目を向けたマスターは、私が持ってきた物を見てぎょっとした。

    「それ、スーツケースだろ? いったい何を持ってくつもりなんだ」

   驚かれるのも無理はない。このケースは萌須田社からの支給品で、市販のものよりふた回りは大きい。

   5人そろって遠出するときには重宝するけれど、ふつう街中に出かけるときに使うようなものではない。

    「愛羅さんがドレスを用意してくれたのです。向こうの更衣室で着替えてからディナーに出席するように、と」

   私の返答を聞いて、マスターが首をひねった。

    「ドレスなんて持っていたっけ? チャイナドレスじゃないよな」

    「違います」

    「まいったな。オレも一応よそいきを着てきたけど、ドレス相手じゃつりあわないよ」

   コートの襟元から中の服装をのぞく仕草をして、マスターがぼやく。

    「フォーマルなものではないパーティードレスですので、心配ありません。安いものでしたら5000円もしませんよ」

    「そのくらいで買えるのか。なら1、2着持っていても不思議はないな」

   金額のことを持ち出すのは下世話だとも思ったけれど、庶民的な価格を聞いてマスターは安心したようだった。

    もっともケースの中のドレスがいくらしたのか、私も知らない。サイズが私に合わせてあっただけに、

   愛羅さんの好意をあれこれ詮索するのは気が引けて、かえって聞くことができなかった。

    「じゃあ、これはオレが運ぶよ」

   そう言ってマスターがケースの取っ手をつかもうとするので、あわてて引き戻した。

    「いえ、私が持っていきます。そもそも私の服ですし」

    「こういうときは、荷物持ちが男の役目じゃないのか」

   どうもマスターは私の立場をわかってくれていないようだ。仕方ないので細かく説明することにした。

    「紳士的な振る舞いは立派だと思います。それに、筋力に秀でた男性が荷を担うのは合理的でもあります。

     しかし、それらはあくまで人間の女性を相手にした場合のこと。私はロボットですので、お気遣いは無用です」

    「いや、アイリスがロボットだっていうのは知ってるけど」

   どうして私が固辞するのか、いまだ納得できない様子でマスターは言った。

    「でもやっぱり女の子だろ。荷物を持たせて自分は手ぶらってのは、やりにくいよ」

    「マスター。人間のために造られたロボットが、人間を働かせて自分は何もしないというのは、存在意義を

     自ら否定することです。もし私のことを案じてくださるなら、どうか遠慮なくこの荷を預けてください」

   私がじっと目を見つめると、眉間にしわを寄せてマスターはつぶやいた。

    「アイリスを困らせるつもりはなかったんだけど……でも言われてみれば、ロボットの存在意義とか考えたこと

     無かったな」

    私だって、マスターを困らせたかったわけではない。ただ、私を人間と同等に扱うのは事実誤認だと

   知ってほしいだけだった。

    ところがマスターは、少し悲しげな顔で私にこう告げた。

    「でもアイリス、オレにはやっぱり無理だ。人間とかロボットとか、区別をつけて態度を変えるなんて」

   ここまではっきり言われてしまうと、もうどうしようもない。私の意思を汲んだ上で、それでもマスターが

   決めたことなら、おとなしく従おう。そう考えてスーツケースから手を離そうとしたところ、驚いたことに手を

   引っ込めたのはマスターのほうだった。

    「だから、このケースはふたりで運ぼう」

    「ふたりで、ですか?」

   マスターの提案を理解しきれず、鸚鵡返しに言ってしまった。

    「お互いに荷物は相手に持たせたくない、自分で運びたい。だったら、半分ずつ運べばいいじゃないか。

     最初はアイリスが持ってくれ。途中からはオレに交代するってことで」

    その言葉を聞いたとたん、寒空の下で話していたはずなのに、なんだか急にほほが熱くなった。

   私はマスターの顔を見ていることができず、目をそらしてつっけんどんに言った。

    「妥協案ですね。言い争いを続けるのも不毛ですから、それでいきましょう」

    結局、自分の存在意義をわかっていないのは私のほうだった。ひとりだけではたどり着けない答えも、

   ふたりなら見つかる。だから私たちコミュニケート用ロボットが作られたのではなかったか? 私たちとの

   交流から、人間が新しい道を見出せるように……。

    ガラゴロとケースを引く音を立てて、私たちは歩き出した。たったそれだけの事を始めるのに、こんな風に

   自分やマスターの思わぬ一面を発見してしまうなら、この先マスターと過ごす時間ではどんなことが起こるのか、

   考えただけでハングアップしてしまいそうだった。




    停留所まで歩いて、そこからバスに揺られること約30分。駅前まで出てしまえば、目的地のホテルは

   もうすぐそこだった。

    「バイトで来たことはあるんだけど、客として入るのは初めてだな」

   入口のガラス戸をくぐりながらマスターが言う。出発時に取り決めたとおり、スーツケースはその手で

   運んでもらっていた。家の近所では違和感のある大きなケースを引く姿も、この場ではむしろ自然だった。

    ホテルの中に入ると、暖かな空気とともに白い光に包まれたようで、なんだかほっとした。街中にクリスマスを

   迎えるための色とりどりのイルミネーションがあふれていたけれど、それは屋内の明るさとは質が違う。

    「上に行くのは、確かあっちだった」

   マスターの後をついていくと、「地上17階展望レストラン」と案内の出ているエレベータがあった。

   1階で停止していたので、待たずに乗り込むことができたのはちょうどよかった。

    「日本人はせっかちなので、すぐエレベータの扉を閉めたがるそうですが」

   さりげなく指摘すると、マスターがぎくりと動きを止めた。どうやら図星だったらしい。

    「はは、そんなに急ぐこともないか」

    「そのうち自動で閉まりますよ」

   そんなことを言いながらエレベータの中で立っていると、扉が閉まる間際になって、白いコートを着た人が

   駆け込んできた。マスターがボタンを押して扉を開けなおす。

    「あ、ありがとうございます」

   3人目の乗客は若い女性だった。あるいは少女と呼んでも差し支えないだろう。

    「あの、展望レストランは、このエレベータでいいですよね?」

    「ええ、行きますよ」

   彼女に話しかけられたマスターは、どぎまぎした様子で応対していた。美人だから照れているというより、

   彼女の容貌が珍しかったからだろう。金髪に染めるのは今ではありふれているけれど、金色の目をした人は

   私も見たことがなかった。



 ――見たことがないのに、見覚えがある。



    ひどくいやな予感がした。それでいて、マスターに何をどう伝えればいいかわからなかった。たとえるなら、

   見えない怪物に追いかけられていて、あせっているのに他人には説明できないもどかしさ。

    私が迷っているうちに扉が閉まり、エレベータが上昇を開始する。瞬間、閉じ込められたと思ってしまった。

   動き出したエレベータは急には止まらない。しかも私が立っているのは一番奥で、操作パネルの前には

   マスターと彼女がいる。

    なりふり構ってはいられなかった。これがすべて私の過剰な思い込みだというなら、後で何とでも謝ればいい。

    「マスター、その女性から離れてください」

   そう言いつつ、強引にその腕をつかんで自分に引き寄せた。

    「この者は人間ではありません!」

   よろめきながら後ろに下がったマスターは、私に説明を求めようとしたのか口を開いたが、

    「あ、やっぱりわかりますか?」

   などと金髪の彼女が屈託なく言うものだから、何も言葉を発することができず、目を白黒させた。

    「あなたのことは知っていますよ、アイリス。私もあなたと同じ、萌須田社製のロボットです」

    「あなたのような機体はデータにありません」

   いくら参照できる情報が外見しかなくても、人型ロボットの絶対数が少ない現在、社の製品を検索できない

   はずはない。試作機やカスタムモデルにも該当するものは無かった。

    階数表示にちらりと目を向けると、3階を過ぎたところだった。この小部屋から開放されるには、まだ時間が

   かかる。

    「その警戒振り……さては私の存在に気づいていたな?」

    不意に、目の前の彼女の雰囲気が変わった。初対面の相手にも気さくに話しかける明るい女性の仮面が

   剥がれ落ち、その奥から敵意が滲み出してきたようだった。たじろいで壁際まで後退したマスターと立ち位置を

   交換して、私は彼女の前に一歩踏み出した。

    「ひそかに観察しているつもりであったが、まさか気取られていたとはな。いや、それでこそ私の

     見込んだアイリスよ」

   私たちを見張っていたことを聞かされて、驚きのあまりマスターが小さくあえいだ。態度にこそ出さなかったが、

   私も相手の得体の知れなさにおののいた。彼女の言うように監視を察知していたわけではないのだ。ただ、

   私の見逃した影や聞き逃した足音をLPSが拾い上げて、あのような幻を作り上げたのだろう。

    エレベータはようやく6階に着いたところだ。まだ半分も過ぎていない。

    「ふふ、そう力むな。こんな狭い場所では何も仕掛けるつもりは無い」

   そう言われたからといって、気を抜けるものではない。まだ相手の意図すら不明なのだ。しかし私は彼女の言葉に

   乗って、答えを返すことにした。しゃべっている間はほかに何もしないだろうと判断してのことだ。

    「それでは、もっと広い場所であればその限りではない、と?」

    「ああそうだ。それもほかに誰もいない、邪魔の入らない所が理想だ。なぜなら用があるのは、アイリス、

     おまえだけだからだ」

   私の背後でマスターが身じろぎをした。しかしここで会話を途切れさせてはいけない。9階を通過した

   このエレベータが最上階にたどり着くまで、時間を稼ぐのだ。

    「いったい私のどこが望みなのです。私に何をさせようというのですか」

    「戦うんだよ」

   こともなげに彼女は言った。

    「あるいは決闘でも果し合いでも、好きなように呼べばよい。お互いの性能の限りを尽くして打ち合おうでは

     ないか。優れたものが勝ち残り、劣ったものは壊される。簡単な話だろう?」

    あまりに無体な要求を突っぱねそうになる自分を、ぐっと抑えつけた。11階から12階へ。エレベータとは

   こんなに遅い乗り物だったか、それとも私の体内時計が異常なのか?

    「まあ、急にこのような申し出をされても困惑するだけだろうな。まったく、もう少し穏やかに話を持ちかける

     つもりでこのホテルを接触場所に選んだのだが。慣れぬ演技までしたというのに……」

   やれやれ、と彼女は首を振る。最初のあの振る舞いは不本意な、というか恥ずかしいものだったらしい。

    「私と戦ったとして、それであなたに得るところがあるのですか。目的は何かの怨恨ですか?」

    「いいや、おまえに対して悪意を抱いているわけではない。ただ純粋に力比べをしたいだけだ。

     20体の制式採用候補のうち、性能のバランス面で最も秀でているのはおまえだからな、アイリス」

   今、15階を行き過ぎた。もう少しだ。

    「まだ決闘を受ける気になっていないようだから、私の素性を明かそう。そうすればどうして私がおまえに

     挑戦するのか、納得いくだろうよ」

   ニヤリと、どこかゆがんだ笑みを浮かべて彼女は言った。

    「萌須田社のデータベースのどこを探しても、私を見つけることはできない。なぜなら私は製作途中で廃棄され、

     すべての記録を抹消された、ここにいるはずの無い存在――『ロボットの幽霊』だからだ」

   その言葉は稲妻のように私の胸を打ち、頭の奥でかちりと歯車がかみ合った気がした。私は、彼女が何者であり、

   何を求めてここに来たのか、正しく理解した。

    そしてエレベータは17階に到着し、場の雰囲気には似合わない軽快なチャイムとともに扉が開いた。





    「ついて来い」

    最上階に降り立った彼女は一方的にそう言い放つと、すたすた歩き出した。行き先はレストランの入り口では

   なく、あまり人目につかない壁際のようだ。

    マスターはあたりを見渡して誰かに声をかけようとしている様子だったが、私は無言で手を引いて

   それを制した。とりあえずマスターは従ってくれたが、どうして私が彼女の言うとおりにするのか

   不思議がっているのが明らかだった。

    彼女の告白を聞いてその意図を悟ることができたのは、私が同じロボットだから……人間であるマスターには、

   わからないことなのだ。

    私たち3人が物陰で向き合うと、鬱憤を晴らすようにマスターが口火を切った。

    「アイリスは兵器じゃない。おまえが何者でも、決闘なんかさせない! だいたい、壊れるまで戦うことに

     何の意味があるんだ?」

    「意味なんて無いんだよ。造る途中で捨てられたロボットにはな」

   彼女は手を握ったり開いたりしながら、退屈そうな声で答えた。

    「私に有るのは、この体だけだ。ほかに何もやることが無いのだから、せめて機体の性能を思うさま

     使いたいと考えるのは自然だろう」

   しゃべっているうちに興奮したのか、彼女は金色の目をかっと見開いた。

    「そうとも、私は決して失敗作ではない! この手で制式採用候補を砕いて、それを証だてて見せよう。

     仮に私が敗れるようであれば、それは結局その程度の存在であったというだけのことだ」

   自分が壊れることもいとわない彼女の物言いに、マスターは絶望すら抱いたようだった。

    「そんな、捨てられたからって……それなら新しい生き方を探せばいいじゃないか」

   けれども彼女は愛想を尽かしたようにそっけなく振舞うばかりだった。

    「ふむ、やはり人間は言うことが違うな。いいか、この際だから教えてやる。生き方を自分で決めることが

     できるのは、人間だけだ。ロボットには、それはできない」

    「どうして!」

    「人間がそう造ったからだ。道具が自己目的を決定するようでは、いずれ制御が利かなくなるだろう」

   マスターは何かを言い返そうと息を吸い込んだが、どうしても答えが見つからないようだった。

   それで話は終わりと踏んだのか、彼女は私のほうを向いて言った。

    「戦いの場はすでに目星をつけてある。誰の邪魔も入らない、開けた場所……このホテルの屋上だ」

   彼女は指を立てて上を示した。本当にはじめから、ここで私に接触を図るつもりで下調べまでしていたらしい。

    「その男との別れの時間くらいはくれてやる。覚悟が決まったら上がって来い。鍵は開けておく」

   そう言うや、彼女は背を向けて歩き出した。が、途中で立ち止まると肩越しに振り向いて付け加えた。

    「逃げてもかまわないが、その時はおまえの姉妹たちに同じことを頼むまでだ」

   答えを待たずに彼女は去ってしまった。彼女が角を曲がって姿が完全に見えなくなっても、マスターは

   その方向をしばらく睨んでいたが、やがて私に早口でささやいた。

    「あんな話を受けることはない。警察を呼ぼう」

   それが常識的な判断だとは思う。しかし私は首を振った。

    「通報は待ってください。私たちの存在は、まだ世間に広く認知されているとは言えません。今ここで

     人型ロボットへの悪印象を広めたくないのです」

   マスターは不承不承といった感じでうなずいた。

    「確かに、この件がきっかけでモニタリングが中止になっても困るしな。それなら萌須田社に連絡だ」

    「いえ、それもよしてください。彼女の語ったことが真実なら、社に回収された時点で彼女は解体されてしまいます」

   眉をひそめてマスターは私を見た。

    「アイリス、あの子をかばうのか? あいつはおまえを倒そうとしているんだぞ。いきなり戦えだなんて、

     おかしいじゃないか!」

    「はい、マスター、正常とは言えません。しかし、おかしくなるのにも原因はあります」

   これから口にしようとすることは、ロボットと人間を区別したくないと言ってくれたマスターの気持ちに

   反することになる。心苦しくはあったけれど、どうしても伝えずにはいられなかった。

    「私たちは道具です。あらかじめ定められた目的を果たすために生み出されるのです。その目的が失われたら、

     存在意義もまた無くなってしまいます。仮に私が、いわれなくモニタリング対象から外されたら……」

   私だけが、あの家から追い出されるようなことがあれば。

    「その時は私も、破滅的な行動をとるでしょう。ロボットに自殺はできません。耐えがたい現実から

     逃れるためには、婉曲的に自分を追い詰めていくしかないのです」

   そこまで聞いたマスターは、私の肩を両手で強くつかんで、抑えた声にできる限りの感情をこめて叫んだ。

    「オレは、アイリスをそんな目にあわせたりしない!」

    「でも、彼女はそんな目にあったのです」

   私の肩に食い込んだマスターの指から力が抜け、目に理解の光が浮かんだ。

    「そうか……あの子を助けたいんだな?」

    「ここで戦いを避けても、別の場所で同様の事態が起こるだけです。それなら、私は逃げたくない。

     行き場のない憤りをぶつける相手として彼女が私を選んだのなら、全力をもって応えようと思います」

   私から手を離したマスターは、それでもまだ迷っている様子だった。

    「アイリスが強いのはオレだって知ってるよ。でも、もし負けたりしたら……」

    「無為に戦いを引き受けるというわけではありません」

   私は片膝をついて、ここまでふたりで運んできたスーツケースの留め金を外し、ふたを開けた。

   その中を覗き込んだマスターが絶句する。

    青紫色のドレスに包まれて、黒い鞘におさめられたひと振りの刀が眠っていた。

    「サムライソードの使用許可を願います、マスター」

   マスターがためらうのも無理はなかった。この刀の威力は、明らかに護身用の範囲を逸脱しているからだ。

    萌須田社の当初の計画では、刀身を折りたたんで簡単に携行できる剣を開発するはずだった。しかし伸長時に

   刀身の接合箇所がもろくなるという欠点を克服できず、計画は変更を余儀なくされた。

    それで開発陣がやけになったのか、完成した剣は堅牢さを極限まで追求したものになった。古今の名剣名刀と

   互角以上に切り結ぶことができるというこのサムライソードは、結果として使いどころが無くなり、手入れを

   するときを除いてずっとしまいこまれていたのだった。

    「許可は――」

   マスターは決意を固めるように一度目を閉じて、それからこう言った。

    「――必要ない」

   スーツケースの中からサムライソードを取り上げたマスターは、膝をついたままの私に剣を差し出した。

    「アイリスなら、これの使い方を間違えることはないと思う」

   マスターが信じてくれる。感動のあまり火照った顔を隠すように、頭を垂れて剣を受け取った。

   ずしりとした鋼鉄の重みが手のひらにかかる。

    きっとマスターは、内心では私が戦うことを納得してはいない。その気になれば命令を下して、

   私を従わせることもできただろう。それでもこうして剣を預けてくれるのは、私を人間と同じ、自由な意志を持つ

   存在と認めてくれているあかしだった。

    「行きましょう。そして、見ていてください」

   あえて感謝を口にはしなかった。信頼には、行動をもって報いるのみだ。





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