〜守璃が守璃として生まれたわけ〜



   「ちょっと待ってよアイリス。やっぱりこの機能、必要ないって!」

   「必要ないなんてことはありません!だいたい守璃さんの開発に関してはわたしにすべてを

    任せると言ったはずです。なのにどうして…」

   「いくらなんでも戦うことを前提に生まれてくるってのは、かわいそうだよ。せめてメインコンセプトを

    変えてってば」

   「変えるつもりはありませんっ!」

    …いつも和やかな雰囲気があった萌須田社の一室では、珍しく言い合いの声が響いていた。一歩も譲らない

   俺とアイリスを、ココとRUNAはおろおろしながら、かといって何も出来ずに見守るばかり。





    萌須田社に入社して2ヶ月ちょっと。いよいよ社会人ということで当初はさすがに緊張したものの、この

   開発室は当然のことながら見知った顔ばかり。今となっては開発室と自宅と、どちらが自分のすみかなのか

   わからなくなるくらいだ。

    今、俺は自分が1年間過ごした大切な4人(厳密には4体?まあどっちでもいいか)と一緒に新しいロボットの

   開発を進めている。工学系の部分は技術部が別に進めていくということで、俺たちは今のところは専らロボットの

   コンセプトとか性格とか、そのあたりをいろいろと相談して決めている。俺も理系にはちょっとは自信があったが、

   さすがに入社したばかりで細かい技術系統の担当にされるのはキツそうだったから、この役目は正直有難かった。

    新しく開発しているロボットの名前は、守璃(仮)・音夢(仮)・さくら(仮)・ユズ(仮)。名前は辞書を引いたり

   して決めていった。(「守璃」が人名辞典に載っていたことにはさすがに驚いた…)

    「じゃあ、ココはさくらちゃん描くー♪」

    「わたしは…えと…ユズちゃんを、形にしていきます。」

    「ふふっ、ならわたしは音夢ちゃんの衣装をデザインしてみるね!」

   名前が決まっただけなのに話が早い。1人が1人を担当していくような流れになっている。確かに1人に集中

   させた方が効率がよさそうだ。

    「ということは、アイリスが守璃の担当ってことで、いいかな?」

    「お任せください。守璃さんは立派な護衛用ロボットにするつもりです。」

   アイリスはつとめて冷静に答えてくれてるようだったが、その瞳にはいつにない熱が宿っていたように

   俺には見えた。

    「守璃ちゃん、ステキな子になると思うよ!だって、アイリスちゃんが考えるんだもの!」

    「ココ、お前もしっかりと考えるんだぞ」

    「は〜い、てへっ♪」

   実際は俺もココと似たようなことを考えていた。ココの予言は、当たりそうな気がした。





    予想通りというべきか…アイリスの仕事の速さは群を抜いていた。

    例えばココあたりが「う〜ん…さくらちゃんの髪、長いほうがいいのかなあ。それとも短い方がいいのかな…」

   などと迷っている間に、アイリスは守璃の外見の特徴のかなり細かいところまで記していく。

    ただ、『お絵描き機能』を持っていないものだから、形をはっきりさせるのには少しばかりとまどっていたようだ。

   一度だけアイリスが守璃の姿を描いていたことがあって、気になって後ろから覗きこもうとしたことがある。

    「ななな何ですかマスター!」

   真っ赤な顔をしてあわてて作成中の計画書を隠すアイリス。

    「え?あ、守璃の形ができそうなんだ、早いなあって思って」

    「いえ、これはやっぱり私のコンセプトに沿ったものではありません。フォルムに関しては一からやり直します」

    「ええ?一から?それはもったいない…ちょっとでいいから見せてよ、アイリス」

    「いいいいいけません!!!こんな欠点だらけの資料をお見せするわけにはいいいきませんから!!!!」

   ものすごい勢いでアイリスが拒むものだから、さすがに俺も諦めざるを得なかった…しかしあの計画書にはどんな

   絵が描いてあったのだろう??

    ちなみにその後守璃の姿はRUNAの手でラフスケッチが描かれた。

    「アイリスちゃんに、ぜひって言われたから…RUNAの絵、気に入ってくれたのかな…」

   少しうれしそうにRUNAは教えてくれた。





    こんな感じでちょっとしたドタバタはあったものの、開発は順調に進んでいると言ってよかった。アイリスは

   ひと足早く守璃につけるメインの機能を選択する段階に入っている。

    いくらたくさんの機能をつけたいと言っても、最初につけられる機能の数には限度がある。機能によって要する

   メモリは異なるから、ここでちょっとした計算を要する。

    「う〜ん、音夢ちゃんにぜひ『おしゃれ機能』をつけたいんだけどなあ…」

   愛羅などは趣味とメモリを天秤にかけて頭をひねっていたし、

    「あれれれ〜??なんか、数が合わないよお!」

   ココに至っては計算自体と格闘していた。

    そんな中でもアイリスは機能の取捨選択が早い。最初にインストールされる守璃の機能は、すでにいくつか

   絞られたようだ。

    「ふう…これでよし、と。」

   満足そうに息をついたアイリスが書類をめくる手を止める。…書いてあることが、やっぱり気になる…

    「ちょっと見せてもらって…いいかな?」

    「ええ、構いません」

   今回は大丈夫そうだ。俺はアイリスの作り上げた守璃の基本データを見ようと、少しドキドキしながら書類を

   めくっていった。

    そしてしばらくして、冒頭のやりとりに至ったのだ。





    「ご主人様とアイリスちゃん、何を言い合っているのかな…?」

    「お兄ちゃんがケンカするとこなんて、初めて見たよ…」

   心配そうに見つめるココとRUNA。RUNAに至ってはすでに涙を浮かべている。でも、俺だって好きで

   こんなことをしているわけじゃない。

    「ほら、RUNAちゃん、涙をふいて…大丈夫よ。わたしにはケンカしてるようには見えないもの♪」

   しばらく思案顔だった愛羅だったが、そう言うと何かを思いついたのか、俺とアイリスの方へやって来た。

    「はい、ストップストップ〜。ちょっと落ち着きましょ、ね?おいしいお酒でも飲んで」

   愛羅が俺とアイリスの間に割って入ってくる。話の腰を折られた形になって、アイリスは憮然とした表情で

   席に戻った。

    「ね、どうかな?ドイツから取り寄せたハイネケンがあるんだけど?」

    「…俺はお茶でいいです。さすがに業務時間中にお酒は…てか俺、酒に強くないし…」

   俺がいろいろぼやいている中、ふと愛羅は耳元に口を寄せてつぶやいた。

    『後でキミの考え、いろいろ聞かせてね♪』

   …愛羅はこれだけしか言わなかったが、これはおそらく『2人きりで』ということだろう。今日の帰りは遅くなるかな…

   まあいいか。なんだか心がモヤモヤしてしまったから、気晴らしのひとつでもしないと…





    夜の開発室。俺と愛羅の他は誰もいない。他の3人にはひと足早く先に帰って休むよう言っておいたのだ。

   愛羅は時々、こうやって2人だけで一緒に飲もうと誘ってくれる。もちろんアルコールの下品な無理強いなんて

   強要しない。ただ他愛のない話を小一時間するだけ。でも俺にとってはそれがいい気分転換になったりした。

   入社したばかりでまだ戸惑いが抜けきらない俺への、愛羅なりの精一杯の心遣いなのかもしれない。

    「ふう〜スッキリ♪しっかり働いた後の燃料補給はホント、イイ味よねえ♪」

    「…愛羅、それ、何杯め?」

    「えーっと、昼間から数えるとね…」

   愛羅が両手で指を折って数え始めたものだから、思わず俺は吹きだしそうになる。

    「ご、ごめん」

    「ふふ、気にしないで。」

   愛羅の前では嘘がつけない。(愛羅に限ったことではないのだけれど…)

    「ねえ、聞かせてくれるかな?アイリスちゃんと話していたこと。」

    「あれ?聞いてなかったっけ?」

    「聞いてたけど、ほら、今の方が落ち着いて話せるかなーって思って」

   愛羅は作られてまもなく俺のところにやってきたのだとすれば、生まれてから1年ちょっとしか経っていないはず

   だけど…なんだか、俺以上に人間の心の機微とか、よく知っているような気がしてしまう。

    俺は、話すことにした。

    「まあ…簡単にいえば、守璃につける予定の機能が俺の好みに合わなかったってことだけなんだけど」

    「んんー、どれ?」

    「ボディーガード機能。アイリスも持ってるやつ。」

   俺はグラスの氷を揺らしながらつぶやいた。その向こうには、しっかりと耳をそばだてる愛羅がいる。

    「確か守璃ちゃんて、護衛用ってコンセプトよね?」

    「そうだったんだよな。アイリスも確かに最初に言っていた。本当はその時点で止めるべきだったのかもなあ…」

   護衛用ということは、戦うためのロボットっていうことだろう。矢面に立って、俺の代わりに傷つく。よくSFや

   ライトノベルなんかで見かけるシチュエーションだ。

    でも、俺はそんなのは求めていない。この辺は全く事件がないってわけじゃないけど、治安はいい方だし、

   みんなを武装させる必要なんてないと思っている。去年モニター期間中にアイリス用にって日本刀が萌須田社から

   送られてきたことがあったが、俺は社に電話してその真意を問い正したくらいだ。その時は許可はとってあるから

   大丈夫だとかで、言いくるめられてしまったけど…

    「だいたい、ボディーガードって…どこかの王子様を守るわけでもなしに…アイリスだって、自分が作った

     ロボットが傷つくの、イヤだろうに…そりゃ俺はアイリスに比べりゃ、弱いかもしれないよ。でも、それでも

     みんなを盾にするのはイヤだよ…はあ…」

   俺の言葉はだんだん愚痴に近くなってきた。

    「ね、守璃ちゃんの基本データ、見せてくれるかな?」

   興味を持ったらしく、愛羅が好奇心のまなざしで問いかけてくる。

    「ん?いいよ。」

   アイリスの机の上にきちんと揃えられた守璃の基本データ。RUNAの描いた守璃のラフスケッチが一番最初の

   ページに載っている。俺はひととおり愛羅に手渡した。

    「これはRUNAちゃんの描いた絵ね。」

    「あ、でもアイリスはけっこう細かい注文つけてるみたい。」

    「てことは、この絵は…ふふ、そういうこと…」

   愛羅の口元が楽しげな形を作り出す。…何を思いついたのだろう??

    「ね、守璃ちゃんて、アイリスちゃんそっくりじゃない?」

    「え?そっくり?」

   愛羅の不意打ちのような感想に、俺はひっくり返ったような声を上げてしまった。そっくり…なのか?

   今の時点では守璃はブルーを基調とした、セクシー(に見える)な軍服を着用している。スケッチされている

   姿勢は敬礼のポーズ。

    似ているところといえば…どこなんだろう?俺は守璃のラフをじっと見ながら考えてみた。

    「似てるところがあるとすれば、ボディーガード機能はもちろんそうだけど、…かぶりものしてるところとか、

     ロングヘアなところとか…」

    「それとまじめなところ、スタイルがいいところ…身長も、ほぼ同じくらいじゃない?」

   そっか、守璃は真面目なコなのか…性格プログラムまでは目を通してなかった。

    …確かに、ちょっとこじつけに近いところはあるけど、愛羅の言うとおり、似てるといえば似ているのかも

   しれない。だとすればやっぱりアイリスは自分をモデルにしてるとこもあるのかな…

    「アイリスちゃん、照れ屋さんだからはっきりとは言わないだろうけど…」

   愛羅は立ち上がって、計画書を一枚一枚をいとおしそうにめくりながらつぶやく。

    「きっと、守璃ちゃんのことを『もうひとりの自分』みたいに考えてるんじゃないかな?」

    「もうひとりの自分?」

    「そう。例えば自分の口からは恥ずかしくて言えないこと、できないことを守璃ちゃんに代わりにやって

     もらいたい…そう考えても不思議じゃないと思うの」

   愛羅の言葉には不思議な説得力があった。

    「でも愛羅の言葉が本当だとすれば、守璃はアイリスの精一杯の…その…俺への…何と言ったら

     いいんだろう?」

    「答えは半分以上出ているわ。キミに対する精一杯の感謝。ありがとうの気持ちなのよ♪」

   愛羅がウィンクしながら言葉を継いだ。

    …俺はまだ半信半疑だ。俺はアイリスのことを大切な存在だと思っている。月夜にきらめきながら風になびく

   アイリスの長い髪をきれいだと見とれたことは1回や2回ではないし、困った顔をしながら赤面する様を見て何度も

   可愛いと思ったりもした。

    でも、俺はまだアイリスの心を知らない。むしろ思いを巡らせるほどに不安になる…

    そんな俺の考えを見抜いたのか、愛羅はくすっと笑いながら楽しげにもう一言付け加えた。

    「守璃ちゃん、キミのこと『マスター』って呼んでくれるみたいよ。うふふ」

   これにはさすがにびっくりした。確かに書類1枚目の『呼称』の欄に『マスター』って書いてある。手書きの文字には

   消しゴムで消したような跡もない。おそらく迷うこともなく決めたのだろう。

    「本当だ…しかし、驚いたな…」

   もしかしたら、単にこれ以外の呼び名が特に思いつかなかっただけなのかもしれない、でも…

   信じてみたくなった。

    「アイリスにとって、守璃のボディーガード機能って、必要なんだよね。きっと…」

    「う〜ん、そうねえ…アイリスちゃんが自分で持っている機能だし、なんたって『守』璃ちゃんっていうくらいだから」

   アイリスの気持ちはすごく嬉しい。でも、守璃が戦うためだけのロボットになってしまうのは嫌だ。だからと

   いって、守璃からボディーガード機能を外してしまうのは、アイリスの気持ちを無にすることになってしまう。

    方法があるとすれば…うん、明日アイリスに話してみよう。

    「ありがとう愛羅。なんだか気分がスッキリしたよ。」

    「うふふ〜気にしないで♪実はわたしもね…守璃ちゃんについて、ちょっと注文したいことがあって…」

   愛羅は書類を一番初めのページに戻しながら、手探りで鉛筆と消しゴムを取り出した。その視線は守璃の

   ラフスケッチに注がれている。

    「もう少し胸のボリュームを大きくしちゃおっと!」

   そう言いながら愛羅は、驚くほどの器用さで守璃のラフの胸の部分を、ひとまわり大きく描き変えてしまった!

    「ちょ、ちょっと、愛羅!?」

    「アイリスちゃんには内緒ね♪」

   楽しげに人差し指を口に当て、『秘密』のサインを送る愛羅。描き直された守璃はなんだか色気が3割くらい

   上がってしまっていた…これ、アイリスに気付かれるんじゃないか?

    「じゃ、そろそろ戻ろっか」

   愛羅はすでにグラスを片付け終えて、何事もなかったかのように帰り支度を済ませている。

    まあ、いいか……な??





    翌日。いつも通りの萌須田社の開発室。

    俺とアイリスは、昨日言い合って以来話をしていなかった。ただアイリスは時折ばつが悪そうに、妙に俺の

   視線やら仕草やらを気にしているようだった。

    「お兄ちゃん…」

   雰囲気にたまりかねて、ココがお願いのポーズで見つめてくる。

    「大丈夫、もう終わるから。ごめんな、雰囲気悪くしちゃって」

   そういい終わると俺はアイリスの方へ歩み寄っていく。平静を装っていても、互いに意識しているらしく、

   俺は机の角に脚をぶつけ、アイリスはマウスを床に落っことしかけた。

    「いたた…ちょっとごめん、アイリス。もう一度、守璃の計画書、見せてくれるかな?」

    「構いませんけど…でも、この機能、外せませんから」

   わざわざ短く一言付け加えるところが可愛らしい。そこで俺は言った。

    「外すなんて誰も言ってないよ?足りないものはあるかもしれないけど」

    「足りない…?」

   俺の言葉にアイリスは目を丸くした。その反応に気をよくした俺はペンを取って、ちょっともったいつけて

   守璃の基本データに筆記体混じりの文字で

    『healing skill(ヒーリング機能・仮)』

   と、書き加えた。

    「守璃は…きっと、俺のことを守ってくれるようになるんだよね?」

    「…当然です、護衛するのが…マスターを守るのが、役目ですから」

    「なら、どうせならケガを直してくれたり、疲れを癒してくれたりとか…そっち方面でも守ってほしいなあ、

     なんて思って。」

    「マスター…?」

   アイリスの声が少しばかりハスキー気味にかすれている。よほど俺の言うことが意外だったのかな…

    俺は続けた。

    「せっかくアイリスが心を込めて開発してくれるロボットなんだから…やっぱり戦うだけが務めなんてのは

     イヤだ。その考えは変わらない。だから…簡単に言えば、それだけじゃなく、もっと他にイイ機能を

     いっしょにつけちゃおうってこと。ヒーリングはひとつの例…どうかな?コンセプトは崩してないと思うんだけど」

   アイリスは何度かまばたきし、そして…俺が書いた文字の下に、ピンクの蛍光ペンで太い線を引いた。

    「まったく…マスターってば、注文の多い…仕方ないですね。仕上がりは遅れてしまいますけど、

     よろしいのですか?」

   くすっと笑いながら、アイリスは言った。

    「構わないから。」

   俺は頷く。もとより覚悟の上…というよりは、その方が楽しみだ。

    「アイリスちゃんが笑った!」

   俺とアイリスのやりとりを見ていたココが声を弾ませる。

    「わ、笑ってなんていません!」

   アイリスはあわてて否定する。一瞬でも見せてしまった自分の無防備ぶりが恥ずかしかったのか、視線が

   泳いでいる。…そうだ、アイリスは嘘がつけない性格なんだ。

    だから、アイリスが守璃に込めた隠れたメッセージのこと、きっと信じても大丈夫だ。





    ところが、ひとつ問題が起こった。

    といっても原因は単純。メモリをオーバーしてしまうのだ。技術部から指摘されてわかったことなのだが…

   「ボディガードとヒーリングは、容量からいうと2択だねえ。目覚めて、ロボット自身のレベルが上がっていけば

    容量も増えていくんだけど」

   技術部の係員は肩をすくめてそう言っていた。

    「そうですか…」

   このことを聞くと、アイリスはふっと俺から視線を外した。その表情は少しだけ申し訳なさそうに見えた。

   …ここは、漢気を見せないと。

    「メインはボディーガード機能にしよう。ヒーリングの方は、守璃が目覚めてからでも、後から追加できる

     機会があるだろうし。」

   アイリスの気持ちを優先しよう。

    「あ…あり…がとう…ございます……マスター…」

   戸惑いのせいか、アイリスの声は途切れ途切れになっていた。(貴重な言葉だったのに、ちょっともったいない)

    「あらあら〜残念だったわねえ。でも、守璃ちゃんが目覚めてからでも、遅くないよね♪」

   話の顛末を知っている愛羅は本当に惜しそうだった。

    「でも仕方ないよ。まだ先のことになるけど、育成の方向が決まったと思えばいいし。」

    「やっぱり、ようりょうって大事なんだあ…ココ、さくらちゃんにいーっぱい機能をつけてあげようと

     思ってたのに…」

    「新しいみんなをつくるの、むずかしいです…」

   ココもRUNAも、俺が守璃に望んだ機能がつけられなかったのを知って、ちょっとショックを受けているようだ。

   でも、俺自身の心はすっきりしていた。愛羅とすごく貴重な話ができたし、アイリスの心を少しだけでも、窺い知る

   ことができたから。

    4人と過ごした1年間は、長いようで短い。新しいロボットを開発すると同時に、俺はこれからもこの4人の

   いろんなことを知っていくんだろうなあ…

    そんな感慨にふけっていると、

    「ちょっぴり落ち込んじゃってるキミに、わたしからプレゼント♪」

   出し抜けに愛羅が言い出した。別に落ち込んでいるわけではないけれど…プレゼントって…何なんだろう?

    愛羅はスーツの内ポケットから1枚の折りたたまれた紙を取り出した。

    「昨日、拾ったものなんだけど…」

    愛羅が丁寧に紙の折り目を開き始めると…何かに気付いた様子のアイリスが慌てて立ち上がり、その紙に

   手を伸ばそうとする。

    「い、いけません、愛羅さん!」

    「あら、アイリスちゃん、気付いちゃった?それ、ココちゃん、パス!」

   愛羅がその紙を下投げのような形でココに渡す。同時にアイリスの視線と動きもココの方へ方向転換。

    「だめですっ!」

   明らかに焦っているアイリスの声。あの紙の中身、なんとなく予想がついてきた…!

    「RUNAちゃん、えいっ!」

   ココはアイリスの手に触れる前にRUNAへその紙をバトンタッチ。アイリスは息を切らせながら三たび方向を

   変えてやってきた。

    「ご、ご主人様っ!」

   紙を差し出すRUNA。俺は即座に後ろを向いて、紙を開きにかかる。条件反射と言おうか癖と言おうか、RUNAは

   しっかりと俺の背中にくっついてきた。結果的にRUNAはアイリスから俺をガードするような姿勢になり、紙の中身を

   開く余裕ができた。

    「だめです!見ないで、マスター!!」

   焦るアイリスの声があまりに可愛らしいので、もうちょっと困らせたくて、少し屈んでアイリスの手が届きにくいような

   姿勢をとり、中身を開ききってじっくりと見る…

    そこに書いてあったのはアイリスのメモ。守璃のコンセプトと基本データが記されている。これはアイリスの手元に

   ある正本と変わらない。一つ違うのは…

    それを見た瞬間、まず俺は目を丸くし、それから思いっきりにやけてしまった。いや、にやけるなんてものでは

   ない。破顔しそうな勢いだ。

    そこには守璃のラフスケッチが描いてあったのだが、RUNAが描いたものとは違っていた。確かに、可愛らしい

   絵ではあるのだが、目は必要以上に大きくなってるし、線はところどころ歪んでおり、手足は関節がなくちょこんと

   デフォルメされている。…申し訳ない例え方をすると、3歳の女の子が描いたような…そんな感じだったのだ。

    それだけならまだいい。きわめつけは、それをアイリスが描いたという事実。

    正直、お茶を飲んでたりとか、食事中じゃなくて良かったと、真剣に思った。

    「う…ぐぐぐ、うをっ!?」

    「きゃっ!」

   無理に紙を奪い取ろうとするアイリスの勢いに負け、俺はもろとも前方に倒れてしまった。いっしょにRUNAと

  アイリスも、俺にのしかかるように倒れこむ。

   結局、その弾みで紙を手放してしまい、アイリスに取り返されてしまった…

   「いいじゃない〜プレゼント。だめ?」

   「ダメですっ!プレゼントなら、他を当たってくださいっ!!!」

  アイリスは愛羅の説得を断固として拒否。相当恥ずかしかったのか、顔はこれまでにないくらい紅潮させ、2度と

  紙を奪われまいと両手両腕でしっかりと胸中にガードしている。

   「あ、アイリス…?」

  おそるおそる声をかけてみる。アイリスの顔がこちらをちらっと向く…目を吊り上げているつもりなんだろうけど、

  羞じらいが前面に出すぎていて、逆に愛らしくなってしまっている。残念ながら(?)あまり怖くなかった。

   「お、俺…アイリスの絵、好きだよ?ほら、俺だって、絵、全然描けないし…」

  言いながら、愛羅との温泉旅行で『卓球ができなくてもキミのこと好きだよ?』って言われたのをついつい思い出して

  しまった。

   (まずいまずい)

   吹き出しそうになるのをこらえるのに精一杯だ。

   アイリスは無言のまま俺をじいっと見つめていたが、そのまなざしはだんだんうつむくような視線を描いていった。

  そうして2、3秒くらい間を置いてから…

   「さ、さあ、まだ業務の時間中ですよ!遊んでないで、早く開発を進めないと!」

  強引に話を終わらそうと、席に戻りながらアイリスはそう言った。

   「ん…そうだね。わかった。」

  俺は愛羅たちと視線を交わしながらいつもの時間に戻ることにした。





   アイリスの知恵と心、俺とココの願い、RUNAのラフ、愛羅のイタズラ心。

   守璃は護衛のロボットではあるけれど、少なくともこれだけの思いで出来ている。

   守璃の目覚めはまだ先のことになりそうだけど…

   目覚めたとき、どんな言葉であいさつしてくれるのか?どんな言葉をかけようか?



   今から楽しみだ。

   待っててくれよ。ちゃんと作り上げて、そして、育て上げてみせるから。




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