〜菖蒲が鍵する銀の波紋〜



    「あの、すいません、先日送られてきたアイテムなんですけど…刀ですか?アレ。悪いんですけど、

     この辺はそれほど物騒でもないんで…いや、許可は取ってあるとか、そういう意味じゃなくてですね…」

    マスターが珍しく萌須田社と連絡を取っている。これまでどんなアイテムが送られてきても、驚きこそすれ、

   本社に注文をつけることのなかったマスターが。

    今回送られてきたそのアイテム−一振りの日本刀−を見ると、マスターは露骨に顔をしかめ、程なくして

   本社のダイヤルを叩き始めていた。

    「そりゃ確かにアイリスはボディーガードの機能は持ってますけど…俺は別にアイリスを護衛に使うつもりは

     ないし…」

   そう、当の日本刀(サムライソードと銘打たれていた)は私に向けて送られてきたものなのだ。他の3人は

   私に比べて戦闘の機能がほとんど無いといっていい。(愛羅さんはハリセンを持っているけれども…)

    当然これは私が持つべきものなのだ。

    「やれやれ…」

   話が終わったらしく、マスターはため息をつきながら受話器を置いていた。結局気になって、マスターの

   話しているところを始終見てしまった…気が付いたら、話しかけていた。

    「何か、不満でも?」

    「アイリス、聞いてたんだ…いや、まさか刀が送られて来るとは思わなかったからさ。萌須田社に注文

     つけといたんだ。あまり物騒なものは送らないでいいって。」

   肩をすくめながら話すマスター。私はいぶかしく思った。

    「…私はどんな武器が送られてきても使いこなしてみせますよ?」

    「いや、そういう意味じゃなくてだな、なんというか…その…まあ、はっきり言うとアイリスにあまり

     武器を持たせたくないんだよ」

   分からない。この中で護衛能力を持っているのは私ひとり。マスターの言うとおり、この辺が物騒でないとしても

   守りの手段を持つに越したことはないのではないか?

    それとも…マスターは、私の力を疑っているのだろうか?…だとしたら、つじつまが合う。私が

   務めを果たすに値しないから、あのようなことを言っているのだとしたら…

    「お言葉ですがマスター、私はマスターが思っているよりは機能もアイテムも自分のものにできていると

     自負しています。もし不安があるのなら、この場で証明してみせたって…」

    「だから、そういう意味じゃないんだよ」

   私が言い終わるより前にマスターがさえぎった。これではとりつく島もない。

    …どうして?

    たとえば私たちロボットの身体は傷ついたとしても、うまく合うパーツがあれば取替えが効く(実際に

   修復不可能なくらいにダメージを負ったことがないからわからないけど…)。一方、マスターのような…

   生身の人は取替えのできる部品などほとんど存在しない。

    私にマスターを護衛する機能があることは、論理的かつ効率的なことなはずなのに…

    「だって、アイリスは…ん…ま、いいや。」

   一瞬、マスターに考えていることを見通されたような気がしてびっくりしたが、顔色に出さないようにする。

   マスターは少しばかり顔を赤くしていたような気もするけれど…

    「とにかく、あの刀は持ち歩かないでいいから。もう一回萌須田社に連絡して…送り返すよ。」

   そう言うとマスターは他のみんなが待つ居間へと消えていった。

    …面白くない。

    送られてきたアイテムが送り返されるなんて、他のみんなにはなかったこと。わざわざそんなことされたら…

   そう思うとわけもなく恥ずかしく、そして苛立ちがつのってきた。

    そこまで意地を張るのなら…私はマスターの目の前で力を正しく示してみせて、マスターの考えが誤って

   いることを証明してみせないと!立派に役に立つことを証明してみせれば、マスターも考えを改めるはず。

    例の刀は玄関前のダンボール箱の中に、ビニールの緩衝材と一緒に半開きのまま放ってあった。もちろん

   抜き身の刀身だけでなく、鞘も一緒に付属している。

    私はいち早く、箱から刀を取り出した。

    「アイリスちゃん、早く早く〜。このお茶、おいしいわよ〜♪」

    「すぐ参りますよ。愛羅さん。」

   刀を自分の部屋にしまいこんでから、私は居間へと向かった。




    「なに、あのお化け屋敷にまた行きたい?」

    「はい…みんな、どうしてるか、もう一度、会ってみたいんです…」

    「そうは言ってもなあ…もうお化け屋敷ってシーズンでもないし、やってるかなあ、あの遊園地…」

    マスターとRUNAさんがなにやら話している。

    話の内容からすると、どうやら以前2人で出かけたことのある遊園地へもう一度出かけてみよう、ということ

   らしい。

    確か、私たちがここへやって来て間もない頃、マスターはあの子(RUNA)と2人で遊園地−MOE☆STATION

   へと出かけたことがあった。その頃は自分のパラメータも高くなかったから、記憶がおぼろげになっているけど、

   知り合いを巡っているうちに閉園時間になってしまったとか…そんなことがあったと聞いている。

    「仕方ないなあ…じゃあ、いつ行く?」

    「あの……今日は……ダメ…ですか?」

    「今日!???ず、ずいぶんいきなりだな…」

   私が見たところ…あの子がこうやって目を潤ませて頼みごとをする場合、マスターは必ずといっていいほど

   その願いを聞き入れるのだ。私が同じことをやったらどうなるかは知らないけど………って、何余計なことを

   考えてるの!?

    と、とにかく今日の午後は外出、と。新たなスケジュール追加。

    「わかったよ。ただし、前回ほど遅くまでは居られないぞ。暗くなったら、すぐ帰ろう。」

    「あ、ありがとうございます、ご主人様!」

   話がまとまったようだ。…いい機会かもしれない。

    「じゃあ、すぐに出かける準備を…」

    「マスター!!!」

    「わわわ!?急になんだアイリス!?び、びっくりしたなあ…」

   …自分でも思いも寄らなかった声を出してしまったらしい…気を取り直して、

    「お出かけになるのなら、わたくしもおともいたします。」

    「おい、アイリスまでいきなり…あのな、それになんであの刀を一緒に用意する!?」

    「このタロット、ご存知ですか?塔ですよ、塔!これは破滅・災難の象徴。何かよくないことが起こるに

     違いありません!」

   とっさに1枚のタロットを取り出してマスターに示す。少し唐突だったかもしれないけど…

    「アイリス…今、明らかにカードの絵柄見てから取り出してなかったか?」

    「き、気のせいですっ!」

   マスターったら、どうしてこういう時だけ勘がいいというか、細かいところまで見ているの!?

    「なんだかなあ…RUNA、いいか?」

    「(こくり)」

   マスターとRUNAさんは2人で顔を見合わせながら短く打ち合わせる。これで出発の手はずは整った。

    「さ、私はもう出発の準備はできましたから!」

    「一体なんなんだ…??」

   少しあきれたようなマスターの声。たしかに、2人の外出に無理矢理割り込んだのは間違いないし、

   変に思われても仕方ない。

    …でも元を正せば、送られてきたアイテムを送り返そうなんて言い出したマスターが原因なのだから。

   これくらいの無理は通してもらっても、悪くはないはず!RUNAさんには悪いけれど、すこし我慢してもらおう。

    とにかく、これでマスターと外に出る口実はうまくいったから…あとは、どうやって私の機能を操る力に間違い

   がないことを証明できるか…

    まあ、それは歩きながらでもゆっくり考えることにしよう。




    遊園地・MOE☆STATION…観覧車とかジェットコースターとか、ふつうの遊園地にあるような施設な

   アトラクションはひととおり揃っているようだ。何より特徴的なのは、多少奇抜な仮想も許されていると

   いう点。だから、普段の街中では少しばかり目立ってしまう私のドレスでも、ここではそれほど奇異な目で

   見られることはない。

    「ここも相変わらずだなー。えっと、お化け屋敷はどこだったかな?」

    「あの、ご主人様、あっち…」

   RUNAさんが控えめに指をさす。

    「おっと、RUNA、よく覚えてるなー。…ところでアイリス…」

    「な、なんですか??」

    「……なんで刀を持ってきたんだ?」

    「で、ですから言ったじゃありませんか!塔のカードはタロットの中でも危険極まりないものなんですよ!

     私は2人を危険からお守りするために…」

    「でも遊園地に刀はミスマッチだよなあ…」

   未練があるようにマスターがつぶやく。まったく!何度言えば気がすむのだろう?

    タロットである程度未来を占えるとはいえ、『どんなことが起こるか』まで具体的に想定できるわけではない。

   だからこそ、余計に用心する必要がある。私が帯刀しているのも、別に不自然なことではないのに。

    …でも、確かに遊園地では刀を使う機会なんてないかもしれない。我ながら、早まってしまったかしら…?

    「着いた!相変わらずでかいお化け屋敷…あ、チケット3人分、お願いします。

     ところでRUNAもアイリスも、他にどこか行きたいところとか、乗りたいものとかない?」

   ふと、マスターが私とRUNAさんに問いかけてくる。RUNAさんは…一瞬だけ観覧所の方に目を凝らしたよう

   だったが…マスターの目をじっと見つめ、すぐにお化け屋敷に入りたいと言いたげだった。

    「そっか。アイリスは?」

    「いえ、私は構いませんが…」

   もとより、私自身は別に楽しむために来たわけではないのだから。

    「一度入ると長いからね…」

    「長い…??」

   確かにけっこうな大きさのお化け屋敷だけれど、マスターがわざわざ念を押しているということは…

   内部が迷路にでもなっているのだろうか?




    がたっ、と物音がして首だけの人形が落ちてくる。さすがにもう3回目だから、慣れたものだ。

    「さっきアイリス…驚いてなかった?」

    「驚いてませんっ!」

   …お化け屋敷に足を踏み入れるのは初めてだったから、実は最初に不意を突かれたときは、少しだけ

   びっくりした。あわてて刀を抜いたりしないでよかった…そんなことしたら恥ずかしいなんてものでは

   済まされない。そう、これはあくまで様子見していたが故の不覚。だから、もちろん、こわがっていたわけ

   ではない。こわがってなんて…

    「(なでなでなで)」

    「RUNA、まだ先にあるから。あっちに、えーっと…ミイラもいるし」

    「あ、包帯でぐるぐる…かわいそう…」

   歩みは非常にゆっくりしたものだった。というのは、所どころにある仕掛けからお化けたちが出てくるたびに、

   RUNAさんが立ち止まって話しかけていたから。…時間がないわけではないから、別に構わないのだけれど、

   あまり立ち止まっていたら、以前会ったという『知り合い』に会えなくなってしまうのでは…?

    ただ、マスターもRUNAさんも焦るそぶりはまったくない。まるでこうしてお化けたちに話しかけるのが

   目的であるかのように…

    「あの、マスター…おふたりが以前会った知り合いの方というのは…」

   さりげなく聞いてみると…

    「え?あー、知り合いといおうか、なんといおうか…まわりにいっぱいいると言えばいいのか…」

   あ、やっぱり、そういうことだったのね…

    少し当惑した表情を浮かべる私とマスターをよそに、RUNAさんは仕掛けのお化けたちをいたわり続ける。

    (それはただの作り物なのよ)

   そうやって声をかけるのは簡単だったけれど、止めようとする気は…起きなかった。組み立てられて、

   作られたという点では、私たちロボットも、ここにいるお化けたちも同じようなものなのだから。そして

   作り物であるはずの私たちに、こうやってわずかながらだけれど感情が芽生え始めている。

    ここにいるお化けたちに、憐憫の情とか、あわれみとか、そういうことを抱くのは、決しておかしな話では

   ない…と思う。

    (今日は、これの出番は、なし…かしらね…)

   役目無く鞘にしまわれたままの刀をちらと見る。なんとなく、手持ち無沙汰になってしまった。

   ふうっ、とひとつ息をついていると…

    「うお、お化け屋敷か、久しぶりだな!」

    「おい、全員来る気かよ!?」

    「仕方ないね。じゃ40人分!」

    「わー、全然こわくないねー」

    「こんだけ大人数で入りゃ、当たり前だろ!!」

   なにやら後ろが騒がしい。私たちの他に客が入ってきてもおかしくはないけれど…どうやら団体客のようだ。

   お化けたちをなぐさめるので、あまり奥に立ち入っていなかったため、団体客の波はすぐ私たちに追いついて

   きてしまった。

    「まいったなこりゃ…RUNA、はぐれないように…わわ!?」

   マスターはRUNAさんの手をとろうとしたけど、人の波が次々と殺到してくる。その場にとどまり続けることは、

   できなかった。

    「うわ、カンペキ流されてる…!アイリスー、RUNA−−!」

    「わ、私はここですマスター!でもあの子が…」

    「く…ダメだ、お化け屋敷というより満員電車だ…」

   ざわついた人の波の中、私とマスターはRUNAさんを残して出口まで押し流されてしまった。




    「なんか、どこかの学校の同窓会の集団だったみたいだな。しかしびっくりした…」

    「ええ。まさかあれだけの人が来るなんて…」

   私とマスターはお化け屋敷の出口のすぐそばでひと休みしていた。

    「RUNAとはぐれてしまった…大丈夫かな」

    「出口から出てきた様子はありませんね。まだ中にいるのでしょう。」

    「外で待ってるのもなんだな。もう一回入るわけには…」

    「再入場だとチケットは買い直さないといけないみたいですね。」

    「う…そ、そうなのか」

   今日はあまり持ち合わせがないらしく、マスターは真剣な顔で悩み始めた。いや、再入場のチケット代自体、

   足りてないのかもしれない。

    「でもなあ、RUNAを1人ぼっちにしておくわけにはいかないし…まあ、今は人がいっぱい入ってるみたい

    だけど……いや、逆だ!RUNAの場合、周りに知らない人が多い方がマズイんだ!」

   どうやらマスターの中で結論が出たらしい。本当、RUNAさんのことをよく理解している…

    「入場し直しますか?」

    「ああ。正直チケット代は痛いけど…ね。」

   苦笑いするマスターとともに、入口に向かい直す。お化け屋敷はけっこうな大きさなので、周り道して

   入口に向かうしかない。風船のアーチをくぐりながら、お化け屋敷の外装をぼんやりと眺める。

    瓦のすき間から煙が漏れているのが見えた。

    …煙?

    「アイリス…なんか、こげくさくない??」

    「え、ええ…」

   木が焼けるようなにおい。お化け屋敷には煙が出るような仕掛けはなかったから…これは…何かの

   アクシデント!?

    ふと屋敷を見てみると、さっきの煙はだんだん強くなり、ついには赤みを帯びた光…

    火の手が上がっていた!




    火の手が大きくなるにつれて、周りも騒がしくなっていった。

    「なに?なになに、火事?」

    「お化け屋敷だって!うわ、すごい煙!」

    「どうしたんだろ、放火?」

    「タバコの煙にでも引火したんじゃないの?」

   穏やかでない話が次々に聞こえてくる。私とマスターは顔を見合わせた。

    「い、急ごうアイリス!RUNAが心配だ!」

    「はい!」

   ここまで回り道してしまったから、もう入口から入りなおしてしまったほうが早い。集まりつつある見物人の

   すき間を縫いながら、ようやくお化け屋敷の入り口にたどりついた。

    すでに『立ち入り禁止』のテープが貼られようとしている。

    「ちょっとキミ!火事だから、立ち入り禁止だよ!」

   案の定、入口を固めている警備員に止められる。

    「わかってます!でも、俺の…俺の…妹というか娘というか…とにかくRUNAがまだ中にいるんです!」

   マスターが『娘』と口にした瞬間、警備員が一瞬、いぶかしげな顔をした。その隙に…

    「マスター!失礼します!!」

   軽く助走をとって、マスターに後ろからタックルするように体当たりし、押し出した!

    「おうわわわわわ!」

   警備員と一緒になってふらつくマスターの手をとり、お化け屋敷の扉をくぐる。入口からはすでに

   かなりの煙が流れ出ていて、内部は火の手のせいでふだんより明るいくらいだった。

    「アイリス、ありがとう!…………ちょっと痛かったけど…」

    「あそこでわざわざ立ち止まるなんて、マスターは人がよすぎるのです。」

    「とにかく…RUNAを探さなきゃ。RUNA、ルナーーーーーー…」

   背中をさすりながらRUNAさんの名を叫ぶマスター。

    「RUNAさーん、聞こえてたら、返事をーーー!」

   しかし、聞こえるのはバチバチを火が燃える音だけ。

    「さっき居た場所まで行ってみよう。あそこからそんなに離れてないはずだ」

   私とマスターは先に進むことにした。もはや暗闇ではないから、手探りで進む必要もない。

   時々遠くから、木材の柱が崩れる音がしたりして、焦燥を誘った。

    「けほけほ…煙が強くなってきた…急がないと、きっとRUNAも泣いてる…」

    「マスター、私を前にしてください。服が焦げてますよ!」

    「それを言ったらアイリスのドレスだって焦げちゃうだろっ」

   こんな時にマスターは何を気にしているの!?しかし、ここで言い合いしても時間の無駄になってしまうから、

   マスターを前にしたまま先に進む。

    「このブロックを抜ければ、さっきの…うわ!?」

   目の前に、うず高く積まれた瓦礫が行く手をふさいでいた。多分、火で焼けて崩れてしまったのだろう。

    「…登って越えるしかないか…」

    「ここは、私の出番ですね」

   …いい機会。まさかこんなところで巡ってくるとは思わなかったけれど。

    「下がってください、マスター。これを全て、斬り崩します。」

    「まさか…アイリス…」

    「はい、その『まさか』です」

   使い方は意識しないでも機能がすべて教えてくれている。刀を鞘に納めたまま、一気に抜き払うのが居合いの法。

   これくらいの瓦礫なら、2回も振れば十分だろう。

    構えたまま集中すること、わずかな時間。

    鞘から、刀を抜き放つ。ひゅん、と音がすると同時に銀色の線が走る。

   かちっ、と刀を鞘に収めた瞬間…目の前の瓦礫はばらばらと音を立てて崩れていった。

    道が、開けている。

    「役に立つでしょう?」

   私は少しばかり得意げに、マスターを振り返る。

    「ん…まあ…ね。」

   マスターは複雑そうな表情を浮かべながらも、たった今私がやってのけたことを認めてくれた。

   どうです?こうやって役に立ててみせたのですよ?このアイテムを送り返すなんて、できないでしょう??

   口には出さなかったが、私の胸はそんな思いで満ち溢れていた。

    これで私の目的は達成できたも同じこと。あとはしっかりRUNAさんを探し当てるのみ。




    その後もいくつか瓦礫の山に出くわし、そのたびに私は居合いで山を崩していった。

    「アイリスー、それくらいなら崩さなくても、俺でもまたげるって…」

    「早くRUNAさんを探さないといけないのでしょう?時間は少しでも惜し……あ!」

   …やはり、機能を使いなれていないせいだったのだろうか?

    刀を振るい、鞘に戻そうとして…手にあるはずの刀がなかった。ふと天井を見てみると、そこに

   刀が突き刺さっていた。勢いで上に飛ばしてしまったらしい。けっこうな高さに刺さっていて、

   簡単には取れそうにない。

    無理だと分かって手を伸ばそうとする私をマスターが制した。

    「刀は後でもいいよ。ここからは崩れてないみたいだし、RUNAを探す方が先だ」

    「え、ええ…」

   後で取りにくればいい…そう思いつつ、私は天井に刺さった刀を一瞥して、マスターの後を追った。

    ひときわ広い場所へと道が開けた。墓石の模型が乱雑に置かれている。お化け屋敷の中でも、一番

   広い場所なのだろう。ここは、まだ他の場所ほぼ火がまわっていない。

    「いた!RUNA、大丈夫か!?」

   いち早くマスターがRUNAさんを見つけたようだ。見ると、お化けの首をひとつ抱えながら座り込んで

   すすり泣いているRUNAさんの姿があった。

    「RUNA!無事でよかった…」

    「ご主人様、この子、この子…くすん」

    「わかったわかった、それも持ってきていいから。」

   なだめるようにマスターがRUNAさんの頭をなでると、RUNAさんはそろそろと立ち上がり始めた。

    「早く出たほうがいいな。入口に戻るのと、出口に向かうの、どっちが近いんだろ?」

    「…入口に戻りましょう、マスター。来た道なら、勘もあります」

   …少しだけ嘘をついた。本当はあの刀を取りに行きたかったから。私がマスターの役に立てた証、

   その輝きをなくしたくなかったから。火がおさまってから取りに行ってもいいのだろうけど、首尾よく

   取り返せるかどうか、確信がもてなかった。

    「ほらRUNA、しっかり」

    「ごめんなさい、ご主人様…」

    「謝る必要なんてないよ。あんな人ごみじゃ、身動きなんてとれないだろうし」

   ふらふらした足取りのRUNAさんを、マスターが手をとって支える。木屑や焼け残りで足場が安定していない

   箇所もあるから、繋いだ手を離さないで…

    パチパチパチ…ゴトッ!

    焼け焦げた柱が炭になって崩れる音が聞こえてくる。そのたびにRUNAさんは目をきつく閉じた。

    「RUNA、大丈夫、大丈夫…」

   そう言いつつ、マスターの声に少し焦りが感じられた。幸い、さっき瓦礫を斬り崩したおかげで、歩きにくい道では

   なくなっている。足取りが遅れがちになっているマスターとRUNAさんの代わりに、私が前に出て進む。

   2人を危険からあらかじめ守るため…そう思いつつ、さっきの刀が気になっていた。気が付くといつの間にか

   早足になっていて、2人との距離がけっこう広がっていた。

    …先に行きすぎた。たしか、刀を置きっぱなしにしていたのはこのブロックだったはず。上を見上げて…

   刺さって…ない!?いや、あった。20メートルくらい後ろの天井に。通り過ぎてしまったのだ。

   (…高い!)

   マスターとRUNAさんが追いついてくる前に取り戻せればと思ったのだけれど、無理があった。護衛の機能を

   所持しているとはいえ、自分の跳躍力は常人と大差ないレベル。

   (やっぱり外に出て、火がおさまってから取り戻すしかないのかしら…)

    ず・ず・ず・ず・ず…

   建物の要になっている柱が弱くなっているらしく、全体に振動が伝わった。こまかい木屑がぱらぱらとこぼれ

   落ちてきている。

    「RUNA、焦らなくていいから、しっかり!」

    「(がくがくがくがく)」

   後ろから、マスターとRUNAさんが歩いてくるのが見えた。RUNAさんの足は震えっぱなしで、今にもその場に

   へたりこんでしまいそうなくらいだった。

    「マスター、このブロックを抜ければ大丈夫です。火もだいぶおさまっています。」

    「ありがとう、アイリス。RUNA,大丈夫、もう少しで外に出るから…」

    「は、はい…」

   さっきの振動は天井にも伝わっていた。当然、天井に刺さっている刀にも。

    (…あ!)

   ふと天井に目を凝らすと、刺さっている刀が振動で抜けそうになっていた。

   ちょうどその真下に歩みを進めている、マスターとあの子…

    「マスター、急いで!早くそこから離れて!!」

    「え?」

    「きゃっ!」

   なんという間の悪さ。振動に耐え切れず、RUNAさんはその場に座りこんでしまった。放心したように目を

   潤ませ、すぐには立てそうにない。

    「あ、あ、あ…ご主人様…」

    「もうちょっとだから、RUNA、立てるよな、な?」

   天井に刺さった刀の切っ先が抜けるのが遠目にも見えた。刀は空中でゆるやかに回りながら、真下で座り

   こんでいる2人めがけてまっすぐに…

    「マスターー!逃げて!!!」

   気付いたら2人に向かって走り出していた。刀というものは元を正せば鉄の棒なのだから、勢いをつけて

   落ちてきたら負傷は免れない。なんとか2人を、あの場所からずらさないと…!

    「あ…!」

   私の叫びに気付いたマスターは、落ちてくる刀に気付き…全身でRUNAさんを庇った。刃の先は銀色に

   きらめきながら、マスターの背中めがけて………

    刀が落ちる方がひと足早い!間に合わない!!

    (だめーーーーーーーーーっ!!!!)













    (ごめんなさい、マスター…)

    「ふたりとも、大丈夫だったか?」

    「は、はい、なんとか…大丈夫です…」

    「………」

    遊園地の医務室にて。

    私はマスターの背中に刻まれた、一筋の刀傷の手当てをしていた。医療スタッフの方が代わってくれると

   言ってくれたのだけれど…これは…私自身の手でしなければならないと思ったから。

    あの時…間に合わないと思った直後…落ちてきた刀はたしかにマスターの背中を斬りつけてしまっていた。

   しかし、RUNAさんのホログラムの翼がふたりを包み込んでいて、衝撃を和らげていたのだ。

    私はふたりの手をとって、とにかく外へ、外へと向かったのだ。

    幸いにして火は消し止められ、建物も一部焼け落ちてしまったものの、少し修復すればそのまま使える

   ようだ。

    しかし、マスターの背中に刻まれてしまった傷はしばらく消えそうにない。

    「…ごめんなさい、マスター…」

    ベッドの上に座り、マスターの背に触れながら、たどたどしい手つきで薬を塗る。我ながら、消え入りそうな、

   ちいさい声…

    刀のことなど、もう考えたくもない。つとめを果たしたはずの誇らしい証は、いまやマスターを傷つけた元凶へと

   成り下がっていた。

    手の震えが、止まらなかった。

    「アイリス、気にしないでいいよ。これ、たいした傷じゃないみたいだし…」

    「…………」

   マスターに返す言葉もなく、沈黙する自分。更にマスターは続けた。

    「アイリスの力がなかったら、RUNAのところにたどり着けなかったわけだし…」

   それは、そうかもしれないけれど…マスターの身体に傷を負わせてしまった自分が許せない。

    「それに…こうやってアイリスに手当てしてもらえて、ちょっと得したかなー、なんて…」

   ばんばんばんばんばん!

    「め、滅多なことを言わないでくださいっ!本当に、心配してたのですよっ!!」

    「ぶ!?ずおおおおお…」

    「あああアイリスちゃん、ご主人様の背中、背中!」

   思わずマスターの背中をはたいてしまった私をRUNAさんがたしなめる。マスターは声にならない声を上げて、

   泡を吹きそうになっていた。

    「ごめんなさい、つい…」

   マスターってば、自分が傷ついたのに…なんてのんきなことを口にしているの!?

    でも…こうしてマスターを傷つけてしまった以上、あの刀はない方がいい。マスターが私に刀を持たせ

   たがらなかった理由、少しだけわかった気がする。

    「マスター、あの刀は送り返しましょう。私の手には、余るものです。」

    「…いや、そこまでしなくていいよ。」

    「え…?」

   思わず、とまどいの声を上げる。マスターの意に従おうとしたのに…?

    「あの刀は、今日の思い出の証だから。そりゃ、ちょっと痛い思いしたけど…ほら、みんな無事だったし!

    ただ一つ、約束してほしい。簡単には持ち出さないって。」

    「…ええ、了解しました。」

   あえてそれ以上、言葉は継がなかった。ただただ、ゆっくりと、マスターの背中をいたわる…。そうすることで、

   自分の気持ちを伝えようとした。

    「アイリスちゃん…顔、赤い…大丈夫?」

    「!!大丈夫です!大丈夫だし、赤くもありません!じゃなくて声に出さないで!!」

   思わず早口になってしまう。お願いだからそんなところに気付かないで!!

    ぱたぱたぱた…廊下で誰かが駆けてくる音が響く。音は部屋の前で止まり、扉が開いた。

    「すいません、ここにお化け屋敷に置き去りにされた子が運び込まれたって聞いたのですが、大丈夫ですか!?」

   医療スタッフの1人か、お化け屋敷の担当の方だろうか?息を切らせて部屋に入ってきた。

    「もしかしてRUNAのことかな?RUNAなら大丈夫ですよ。ほら、ここに」

   マスターがRUNAさんを促して、振り向かせる。ちょうどRUNAさんはお化け屋敷の仕掛けの首を持ったまま

   だった。それを顔の高さで持ったまま振り向いたものだから…

    「は、はい…RUNAのこと…ですか?」

    「あ!い?ひ、ひゃあああああああ!!」

   その人は、その場で目を回してひっくり返ってしまったのだった…




    遊園地に出かけてから、2週間ほど経ったある日のこと。

    「よし、できたっ!」

    「?マスター、何を作っていたのですか?」

    「これ。刀のケース…とでも言ったらいいのかな?」

   マスターの手には細長い、布で出来た袋のような筒のような…手作りで縫い上げた品があった。

    「あまり縫い物とかしないから、キレイな仕上がりじゃないけど…愛羅に教えてもらいながら、なんとか

    形にできたから。」

    「これを、私に…?」

   マスターから受け取りながら、その手触りをたしかめる。ちょっと不ぞろいな縫い目ではあるけれど、

   使わない間に刀をしまっておくには、ちょうどよさそうだ。

    「よかったら、使ってほしいな。」

    「マスター…ありがとうございます」

    「せっかくの思い出を、埃まみれにしたくないから」

   刀は…この、布のケースでしっかりと鍵をかけよう。そして、マスターの許しがあった時だけ、持ち出すことに

   しよう。万が一、再びこの刀を振るう時が来たとしても…私は、マスターを傷つけさせない。自分の手も、

   哀しみにまみれさせない。

     それがマスターの願いだと、気付いたから。

    「ところでマスター…縫いこまれてるこの紫色の花は…」

    「あ、ちゃんと花に見えた?よかった〜。」

   ほっとしたように息をつくマスター。縫い目を右手でなぞりながら、マスターは教えてくれた。



    「これは一応、アヤメの花。たしかアヤメって…アイリスとも言うって聞いたから。」







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