〜8番目の悪戯〜



    いつもと変わらないはずの夕食の風景。しかし、その場には若干の緊張が張りつめていた。といっても

   危機を予感させるようなものではなく、むしろ何か『楽しいこと』を待ち望んでいるような…

    少なくともわたしには、皆の表情はそう映って見えた。

    …がりっ!

   マスターの口から、何か固いものを噛み砕いたような顔が聞こえてきた。

    「うわ、あ、甘い〜!なんだこれ!?…イチゴミルクのアメ玉か!」

    「やったあ!お兄ちゃん、ひっかかったー!」

   さっきからちらちらとマスターの顔をうかがっていたココさんの顔がぱあっと明るくなる。

    「くそー、気をつけてたのになあ…んぐんぐ」

   そうつぶやきながら、マスターは噛み砕いたアメ玉のかけらを苦笑しながらのみこんでいく。

    「愛羅ちゃん!今の、どれくらいだった?」

    「えっとね、いい線いってるわ!これ、今日の記録に並ぶんじゃないかしら?」

   愛羅さんが取り出した計器を見つめながら応える。

    「シンプルながら効果的な仕掛け、さすがココさんです…守璃もがんばらなきゃです!」

    「お、おい、あまりがんばりすぎないでくれよ…」

   たった今叩き出された『記録』に感心する子、それを越える企みを考えようとする子…反応は様々。



    すべては愛羅さんの一言から始まった。

    「何か、ハロウィンらしいことやろうよ!」



    「ハロウィンて…たしか、変装した子がよその家をまわってお菓子をもらいに行くって、どっかの行事だよな?」

    「キリスト教圏です、マスター」

   マスターの記憶はちょっとばかり大雑把だ。

    「でも日本じゃそれほど大きく盛り上がってるってワケじゃないしなあ…」

    「ご主人様、私が近所を巡ってお菓子をもらって参りましょうか?」

    「いやユズ、そういう趣旨じゃないと思う…」

   尻尾をふりながら今にも家を飛び出して行きそうなユズさんをマスターがたしなめた。

    …確かにハロウィンはもともと宗教の絡んだ行事。祭りに参加して、非日常の世界で精神を改めようという

   趣旨は分からなくもないけれど…私たちは敬虔というほどでもないし、第一周囲がそれほど盛り上がっていない

   のであれば、何もしようがない。(そもそもキリスト教の神様って、わたしたちロボットにまで目を向けてくれる

   ものなのかしら?)

    しかしそこは愛羅さん。ちゃんと自分たちで楽しめるようなアイデアを用意していた。

    「そこで考えたんだけど…『お菓子くれなきゃ、イタズラしちゃうぞ!』ってセリフ、あるでしょ?だから…」

   愛羅さんはマスターの方に視線を向けウィンクしながら続けた。

    「今日からしばらくの間、キミにイタズラを仕掛けて…いちばんドキドキさせた子に、なにか…

     ごほうびをあげるっていうのは、どうかな??」

   …もはや、宗教的行事の痕跡を残していないような気もするけれど……で、当のマスターは、

    「お、俺にい!?…仕方ないな、もう…シャレにならないようなのは、やめてくれよ」

    「大丈夫!もうね、忘れられないくらいドキドキさせちゃうから!」

   いまいち噛み合っていないマスターと愛羅さんのやりとりだったけれど…とにかくマスターの許しもあって、

   各自が思い思いの『イタズラ』をマスターに対して披露することになったのだ。




    マスターには10月30日から31日までの2日間、心拍数を計測する装置を身につけてもらい、その計測は

   愛羅さんが行う。各自、実行できるイタズラは1回のみ。あくまで『イタズラ』による動悸を計測するものとし、

   言葉巧みにドキドキさせるのは反則とする…

    最初にイタズラを実行に移したのは、音夢さんだった。ちょうどマスターが買い物に出かけようとしたとき…

    「さすがに外で仕掛けるのはやめてくれよな…って、うわあ!?」

   びゅう、と風が吹き上げたかと思うと、マスターはすでに3メートルもの高い場所に舞い上がっていた!

    「わ、わ、わ!」

    「にぃにぃ、うまく乗ってくれた…♪音夢の本に乗せてあげたの…どう?」

    「わ、わかったから早く下ろしてくれ!」

   ふらふらになりながら空飛ぶ本から降りるマスター。相当びっくりしていたらしく、息を切りながら左手で胸を

   抑えている…

    「音夢、あのなあ…」

    「にぃにぃにもね、音夢の本に乗ってほしかったの…♪」

   嬉しそうな音夢さんの笑顔。つられてマスターも笑ってしまう。

    「まったく、もう…仕方ないなあ…。しかし玄関先に空飛ぶ本を仕掛けておくとは、こりゃレベル高いなあ…」

   マスターは音夢さんの頭をなでながら苦笑する。

    「はい、さっそく1人目っ!音夢ちゃんね〜。ふふ、けっこうやるじゃない!」

   玄関先に出てきた愛羅さんが計器の数値を楽しげにチェックする。

    「音夢ちゃん、すっご〜い!ココもがんばらないとっ!」

    「こ、こういう要領でやればよいのですね!ダンナ様、さくら、がんばります!」

    「RUNAも、いいんですね?いたずら、して…」

    (こういうのも、悪くないものね。)

   次々に並ぶ笑顔を見回しながら、わたしもそんな気分になりつつあった。




    それからも、みんなのマスターに対するイタズラ攻勢が続いた。

    RUNAさんはものすごく大きな花束を作り出して(しかも花束の中から猫が飛び出した!)マスターを

   驚かせていたし、ユズさんは園児服を着てちいさくなった上に髪型を変えてマスターを出迎えてびっくり

   させたりしていた。次は誰がどんなイタズラをマスターに仕掛けるのかしら…?

    マスターには申し訳ないと思いつつ、何が起こるか楽しみにしている自分がそこにいた。




    「わわわ守璃ー!なんで俺の部屋で充電してるんだー!!?」

    「マスター、これは違うです!まだ準備中だったんですーーー!!!」

    「あら〜、これ、ひょっとして新記録!?」

   …少し予想外の出来事も交えつつ、これで7人が計測を終えた。いつもと違う雰囲気が味わえたし、

   マスターも楽しんでくれた。これで明日からいつもの日々が…

    「ね、アイリスちゃんはどうするの?」

   出し抜けに愛羅さんが問いかけてきた。私…?

    「わ、私はマスターに悪戯なんて…」

    「ダメダメ!せっかくのハロウィンなんだから、アイリスちゃんもちゃんと参加して!」

    「ココ、アイリスちゃんのイタズラ、見たい〜」

    「アイリスさん!守璃に見本を見せてくださいです!」

   いつの間にか私が注目の的になっている…?そんな、私はみんなが楽しんでいればそれで構わないと

   思っていたから、自分がマスターに…その…イタズラするなんて…

    そんな私の思いもおかまいなしに、愛羅さんはマスターにも話しかけた。

    「キミだって、アイリスちゃんがどんなことしてくれるか、楽しみにしてるでしょ?」

    「え?ああ…まあ…ちょっと…楽しみかも…な…」

    「ちょっと、マスター!」

   明らかに愛羅さんに誘導されているようなマスターの応答に、私はつい声を上げてしまった。

   でも周囲を見渡してみると、すでにココさんも守璃さんも音夢さんも…みんな、なぜか期待のまなざしで

   私を見つめている。ここで我を張って拒むのも…大人気ない気がしてきた。

    もう!みんな、私に何を期待しているというの!?






    翌日…夜が明けきらない、まだ薄暗い朝のうち。

    私はマスターの部屋の前に立っていた。



    『たとえば…そうね…眠っている間に、ひざまくらしてあげる、とかね♪』



    愛羅さんはそんなアドバイス(?)を私にくれた。その場では私も『そんな恥ずかしいことできません!』

   なんて言ったのだけれど…結局何も思いつかなかったから、愛羅さんのアドバイスに従うことにした…

    (考えてみれば、マスターが気付いてすぐ目覚めてしまえば、その場で終わりになるのだから…

     一番手軽なのかも…)

    そう言い聞かせながら扉に手をかけ、中の様子を見渡す。朝日が差し込みかけているものの、マスターはまだ

   穏やかな寝息を立てて眠り続けている。

    「うふふ、これから行くのね。わたしはドアのすき間から見てるからね♪」

    「愛羅さん、わざわざ早起きしてまで…マスターが気付けばそれで終わりになるのですから、

     別にそこまでしなくても!」

    「だって、私が起きてないと計測できないでしょ?」

   そういえば、そんなルールになっていたのね…

    ひとつ、あきらめに似たため息をついてから、マスターの部屋に足を踏み入れた。扉が少しきしむ音を立てたが、

   マスターが目覚める気配はない。

    (失礼…します)

    そうつぶやいてからマスターの枕元に正座し、枕にもたれるマスターの頭を、そっと自分の膝へとずらしてゆく。

   …思いのほか、あっさりとマスターの頭はわたしの膝の上に収まった。さすがにこれだけ派手なことをしてしまえば、

   マスターも気付くはず…と思っていたら…

    「ん…くぅ……すぅ……」

    (目覚め…ないの!?)

   驚いたことに、マスターは無防備なほどの寝息を立てつつ、いまだ眠り続けている。これじゃ、終わらない!

   あわてて扉のそばで待つ愛羅さんを見ると、手を口に当てながらくすくすと笑っている。もう!誰のせいで

   こんなことになったと…あれ?愛羅さん、何かのサイン?スカートをたくし上げて…??

    (直接、肌に肌に♪)

    …はっきりそう言うのが聞こえた。な、なんて悪ノリを…そんな恥ずかしいこと、できませんっ!

    そう大声を上げようとしたけれど、膝の上にマスターの寝息。大声を出すわけにも、おおげさな身振りを示す

   わけにもいかず、私は渋い顔で愛羅さんを見据えることくらいしかできなかった。

    (…あ、私ってば…そうだ、マスターを起こしてしまえばすぐ終わるのだから、別に起こさないよう気を遣う

    必要なんて、なかったじゃない)

    うっかり愛羅さんのペースに乗ってしまいそうになっていたけれど、ここでマスターが起きれば、ちょっと

   驚いてそこで心拍数を計測し、自分の「イタズラ」は終了。考えてみれば自分自身でこの恥ずかしい時間を

   終わらせることができるのだった。

    (マスターを、起こしてしまおう)

   そう思って自分の膝の上でいまだ眠り続けるマスターに声をかけようとして…

    「ぐ〜〜〜…う……すう…すぅ…」

    (………まあ、こんな安定しないところに頭を乗せているわけだから、そのうち起きるわよね…)

   マスターの寝顔を見つめていたら、なぜか、起こそうという気になれなくなっていた……




    (……)

    「く〜」

    (………)

    「すぅ〜……」

    (…………)

    「すう〜〜〜〜………」




    (…これ、いつまで続くのかしら??目覚めるどころか、マスターの眠り、深くなってない???)

   暇…というのもおかしな話だけれど、なんとなく手持ち無沙汰になってしまって…思わず、眠ったままのマスターの

   頭に触れてみたり、前髪を少しやわらかく梳いてみたり…そんなことをして時間をつぶしていた。

    それにしても…ここまで無防備な姿を見せるなんて、マスターってば…

    (ぷっ…)

   もう、苦笑するしかなかった。愛羅さんから見れば、相当滑稽に映っているのだろう。マスターも、私も。

    (もう…このまま、お昼まで眠るつもりですか?)

   そんな言葉もかけたくなる。ただ、もしそうなったとしても、今の自分なら、それも悪くはないかもしれない。

   今なら…こうしてマスターを膝枕したまま、自分自身も眠りに落ちてしまいそうだったから。

    「ん……ん…ぐぐ…」

   寝返りをうとうとしているのか、マスターがゆるやかに身をよじり始めた。もちろん身体だけでなく、頭の向きも

   変えようとしている。シーツや掛け布団にいくつものしわを作りながら、マスターは先ほどのあおむけでなく、

   うつぶせに近い姿勢に落ち着いた。ちょうど、私のおなかに寝息が吹きかかってくる…!

    (………くすぐったい!)

   それでいてマスターはまだ目覚めない。それだけならまだ良かったのだけれど…

    「…ん〜〜〜…」

   マスターは眠りながら、手探りで両手を私の腰に回し始めた!いや、マスターにしてみれば枕をつかまえている

   感覚なのだろうけど。結果として…

    「…ん、ん、ん〜〜…」

   マスターは私にぎゅううう、としがみついているような形になってしまった。こ、これ以上は、もう無理!

    私はもう、くすぐったいやら恥ずかしいやらで、扉のそばに待機している愛羅さんの顔もまともに見られず、

   オーバーヒートしそうな感覚と格闘しながら、必死になって声を出した。

    「ま、マスター、起きてください……朝ですよっっ!!」

    「んん??」

   寝ぼけ眼のマスターが私を見上げてくる。その数秒後…








    愛羅さんによれば、その時、叫び声と共に計器の針が一気に振り切れたのだという。








    「アイリスちゃん、すごーい!メーターがこわれちゃうなんて、お兄ちゃんのドキドキ、ものすごかったんだね」

    「あうう、アイリス先輩にはまだまだかなわないです。守璃、もっと精進するです!」

   …私もマスターも、なんとか落ち着きを取り戻して隣同士で朝食の席についていたけれど、互いに言葉少なく、

   目を合わせるのも恥ずかしかった。まだシステムが冷却しきっていない気がする…人間であるはずのマスターも、

   私と同じく身体の熱が逃げ切らないような様子だった。

    「にぃにぃ、ひざまくら、気持ちよかったの?」

   音夢さんの一言にマスターがむせ返りそうになる。お茶を飲んで喉を直そうとしているマスターに代わり、愛羅

   さんが応えた。

    「気持ちよかったに決まってるじゃないの〜。それにしてもアイリスちゃん、忍び込んで膝枕だなんて、

     ホント、大胆ね♪」

    「も、もとはといえば愛羅さんがやれと言ったから、わたしは仕方なく…」

    「あれれ?わたしは『例えば』の話をしただけで、まさか実際にやるとは思わなかったわよ〜?それに

     前髪をやさし〜く撫でてあげたりして。ノリノリだったじゃない♪」

   くすくす笑いながら答える愛羅さん。もう、この人ときたら…なんだか、最初から私とマスターをこういう目に

   遭わせるのが目的だったんじゃないかとさえ思えてしまう。

    「アイリス……あの、その…あのな…」

   出し抜けにマスターが話しかけてきた。

    「な、なんですか??」

   自分でもあきれるくらいに動揺している。もう、これじゃ状況をややこしくするだけじゃないの。

    「アイリス…ありがと…な」

    「ありがとうって…わ、私はマスターにいたずらを仕掛けてしまったのですよ?ありがとうなんて、そんな…

     今日のマスターは、おかしいですっ」

    「まあ、そうかもな…今日はハロウィンだし…」

   マスターはあまり理由にならない理由をつぶやきつつ、再び私から視線を外して押し黙った。黙っているけれど、

   おそらくマスターは間違いなく私のことを、それもあの目覚めの瞬間のことを思い出している。そして当然私も

   こうしてマスターのことを考えている。

    言葉を交わしているわけでもないのに、互いの心の内が読めてしまうような感覚…まるで、あの悪戯のせい

   で私とマスターがおかしな回路でつながってしまったみたい…

    「そういえばアイリスさん、『ごほうび』どうするのですか?」

   さくらさんが興味津々といった面持ちで聞いてきた。い、今その話題を振られたら…!あわてて人差し指を

   口元に当てて抑えようとしたけれど、愛羅さんは聞き逃してくれなかった。

    「そうだったわね!じゃあさっそくここで決めてもらっちゃおうか?キミ、いいよね??」

    「ん、まあ…約束だったからな…」

   やっぱりこうなったーーー!でも、私だって考える時間くらいは欲しい。

    遊ばれてばかりでは…我慢ならない!

    「コホン…愛羅さん。失礼ですが、そのことについては、まずマスターに後ほど申し上げるつもりです。

     わたくしも…せっかくの望みを求める権利、じっくり考えたいものですから。」

    「あら、そう?残念〜。後でちゃんと、教えてね♪」

   なんとか冷静さを取り戻し、その場を切り抜けた。あとはマスターに直接、頃合いを見計らって話せばいい…





    「マスター、ちょっと…よろしいですか?」

   正午の少し前、ふたりきりになれた時、マスターに話しかけた。

    「なんだ?ああ、さっきの………そうか……」

   マスターもわかっているようで、多くは口にしない…でも、よく見てみると、マスターは少しだけ笑っているようにも

   見えた。

    「マスター…笑わないでくださいっ!」

    「ごめんごめん。なんか、こう言うと変なんだけど…ちょっと楽しみなんだよ。アイリスがどんなお願いをするのか」

    「もう!たいしたことではありませんから…午後の買い物につき合ってくださるだけでいいです。

     これが、わたしの願いです。」

    「え?そんなのでいいのか???」

   拍子抜けしたようなマスターの声。何か罰ゲームのようなことでも考えていたのかしら?

    「…夜のハロウィン・パーティの買い出しです。ココさんや音夢さん達と話し合って、今日の夜、

     ちょっとそれらしくやろうということになったのです。」

    「あ、なるほどな…ん、わかった!じゃあ午後早速出かけよう」

    「せっかくのハロウィン、イタズラだけで終わらせるのはもったいないですからね」

   自分でしゃべりながら驚いた。私自身が、こんなにもハロウィンを楽しもうとしているなんて…!

    「そういえばアイリス、魔法使いっぽい服…持ってたよな?」

    「え?ええ、1年前に本社から送られてきたものがありますけれど…」

    「あれさ……夜のパーティーで…着て…くれないかな…。すごく似合うと思うから…」

    「!!ま、マスター!!」

   マスターってば!さっきの妙な熱さがぶり返してしまいそうだった。だいたい今日は私の方が「お願い」

   する側なのに。



    でも…なぜか、いやな感じはしなかったから…



    「もう…今日だけですよ?」



    こんな言葉が、口を伝って出てしまった。



    満月の力も、人の心を揺さぶるくらい強力なものだけれど、ハロウィンの祭りの魔力も侮れない。

   素直に、そう思った。







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