灼熱のニュルンベルク
〜2006年ドイツW杯 クロアチア戦参戦記〜


天瑞:うをををを、追加更新用イラスト画像ど〜こいったあああ!

瑞葉:てんずいさん!これ、これじゃないですか??

天瑞:これは…違う!京都遠征のときの東本願寺だ!

青芝:ま〜ったく…少しは部屋の整理くらいしねえと更新もままならねえ…

瑞葉:ふう…あれれ?これ、代表の試合の写真ですね。相手は赤と白のチェックの

    ユニフォーム…ということは、クロアチア代表!

天瑞:ああ、それかあ。ドイツに行った時の写真、そんなとこに転がってたんだ。

    なつかしいなあ…1泊4日の超強行軍!

瑞葉:あ、会場の写真もちゃんとある!


青芝:どうでもいいが…なんで使い捨てカメラなんだ??

天瑞:デジカメ買うお金をケチっただけ。機内の暇つぶし用のMDとか買っちゃったし。

青芝:そこでもIpodとかじゃなくてMDかい!


瑞葉:でも珍しいですね。てんずいさん、あまり写真はとらない方でしたよね。

天瑞:さすがに海外だったから…しょっちゅう行けるわけでもないし。


    闘いの記憶は体で覚えているとはいえ、時には写真が欲しくなるんだ。

    ……暑かったな…ニュルンベルク……


青芝:…なあ、そろそろいいんじゃないのか?話してみても。

瑞葉:話すって……ドイツ行きの話ですか?聞きたいです!

天瑞:そうだね…写真も見つかったし、いい機会かも。

青芝:ふふふ、ではお聞かせ願おうか。名語り部による一大叙事詩を!

天瑞:茶化さないでよ〜本当に行って帰ってきただけなんだから。

    …じゃあ、少しさかのぼって話すことにしようかな…

 〜05年 年の瀬 確率を引き当てし者〜

 天皇杯5回戦、愛媛でのFC東京戦があった日、日本のグループリーグでの対戦相手が決まった。

 試合後、会場から松山市駅に向かうバスの中で携帯のサイトを確認する。


 オーストラリア、クロアチア、ブラジル…



 正直、キツイな、と思った。しかし可能性はなくはない。

 チームとしての成長は難しいかもしれない。しかし、相手をあなどらなければ、喰らいつくことは

 できそうだ。骨のある相手の方が、やりがいがある。(ありすぎるのも問題だが)


 さて、チケットはどうしようか……?


 W杯のチケットは、協会に割り振られた枚数を抽選に申し込んだサポーターに振り分ける。

 その確率は後で報じられた話によると、80倍にもなったそうだ。


 「まあ、申し込むだけ申し込んで、ダメなら国内残留でもいいや。

 フットボールとは一生の付き合いになるんだから、外れたら自分には現地参戦はまだ

 早いってことだ」 

 さすがにチケットなしで海外に飛んで、「譲ってください」と叫ぶまでの根性は、まだ自分には

 なかった……


 なお、自分はドイツ語を解さない。

 ここでひとりのサポ仲間が登場する。名前は大原さん、ということにしておこう。

 大原氏はドイツへの短期留学経験があり、旅行に必要な会話は十分こなせる。

 この人がいなかったら、自分はチケット抽選の申し込みの時点で躊躇していたことだろう。


 この大原氏、後々特大の強運をもたらすことになる。

青芝:12月のリーグ戦が終わって1週間後の話だな。

天瑞:この時、愛媛遠征に深夜バスを使ったんだ。12時間もの最長記録だった。

    ここで深夜バスを使った経験が長距離フライトで生きることになる。

瑞葉:大原さん、ドイツ好きの方なんですね?

天瑞:そう!自分より海外の経験地は遥かに多い人。


 〜06年 2月初め 幸運の狂い咲き〜

 当時PCを所持していなかった自分はハガキで、大原氏はネットで抽選に申し込んだ。

 大原氏と自分、2人分である。確率を少しでも上げるため、3試合全てに申し込んだ。

 「まさかと思うけど、複数試合当たったら1試合に絞り込もう。長い間は休めない」

 そんなことなるわけないよねえ〜、などと笑い合い、抽選の結果を待つこととなった。


 抽選結果は、1月下旬頃からメールあるいは郵便で当選者に伝えられる。

 当たる気配は、なかった。もともと虫の知らせを感じることのできないタチである。


 だから大して期待もせず、G’s投稿用のイラストをのんびりと描くことにした。


 …集中しすぎると、よく電話を取り忘れる。着信音を出さないようにしているから、なおさらだ。

 いつの間にか、数件の着信記録があった。大原氏から、しかも短い時間に。


 何かあったか!?まさか……!

 急いで連絡をとる。大原氏の声は少し放心しているようだったと記憶している。


 この人は、引き当てたのだ。クロアチア戦を。
 



瑞葉:抜けたんですね、80倍の倍率を!

天瑞:2人して喜ぶよりも慌てふためいたね。本当か、おい、って感じで。

青芝:で、お前さんのハガキの方は外れちまったわけか。

天瑞:ううん。実はこっちも当たってた

青芝:……何だって??


天瑞:電話の日から1週間後かな…でかい封筒が届いてたから、よく見たら

    ブラジル戦の当選通知だったんだ。


瑞葉:すごい運じゃないですかあ!…あれ?でもさっきの写真、クロアチア戦だけ…

天瑞:結局クロアチア戦に絞ったんだ。こっちの方がスケジュール組みやすい

    と思ったから。

青芝:ブラジル戦、キャンセルかあ。もったいねえなあ。

天瑞:仕方ないよ〜、あおちゃんみたいなジャーナリストじゃないんだし。


 〜06年 2月中頃 弾丸、確定〜

 当選通知にはツアーの案内もあったが、どれも自分たちにとって、とる休みの日数が余分で

 あるように思われた。クロアチア戦が日曜日なので、費やす休みは月・火としたい。

 「弾丸ツアーの申し込みって、意外とはっきりとは出てないもんだね」

 大原氏と、そんなことをぼやいていた。


 そんなある日新聞のスポーツ欄の広告を目にする。旅行会社の広告だ。その中には…

 「クロアチア戦 1泊4日 」の文字があった。

 どうやら厳密なツアーではなく、飛行機のチケットと宿泊場所を確保してくれるようだ。


 「これで、いいんじゃない?」早速大原氏と相談し、広告を切り抜いて件の旅行会社へと出向いた。


 …担当の方に詳細を聞くと、ひとつ想定外の事実が判明した。

 この飛行機、「マレーシア経由ドイツ行き」だというのだ。

 なぜそんなややこしいルートを!?2人ともそう思った。どうやら旅行会社・航空会社・宿泊場所

 などなどとりきめがあるらしい。だから直行便の方が割高になるのだという。


 深夜バスで長距離移動には慣れているとはいえ、このルートでは待ち時間を含めて1日以上を

 移動に費やすことになる。体力はもつだろうか……?


 「すいません、このルートの席、あといくつ残っているんですか?」念のため聞いてみる。すると…

 「あと2名様となっています」と答えが返ってきた。ワタシは大原氏と顔を見合わせた。

 …後になって考えてみると、実際はもう少し席は余っていたのかもしれない。

 しかし、この答えに2人は焦った。逃したら、これ以上都合のいい日程はない…!

 「じゃあ2人分予約します」商談成立となった。


 この後、マレーシアの空港やドイツの空港の図面を見ながらのルート確認し、保険や料金の説明を

 受けながら、2人はルートを押さえられたことにひとまず安堵したのだった。


 この月、日本代表はアウェイでアメリカと、そして静岡でフィンランドと強化試合をこなしている。

 フィンランド戦に参戦した我々は新曲「サムライブルー」を頭に刻み、異国の地への思いを馳せた。


天瑞:話聞いた時はホントびっくりしたよ〜。直行便だとばかり思ってたから。

青芝:旅行会社でスケジュールを頼むと、九州や北海道に安く行けるのと

    同じ道理だろうな。

天瑞:てなワケでワタシの初海外はマレーシアでした♪空港から外に出てないけど。

瑞葉:飛行機って、…どれくらい長く乗ってるんですか??

天瑞:え〜と、成田からマレーシアまで6時間。マレーシアからドイツまで12時間

    くらいかな。

瑞葉:愛媛行きの深夜バスが役に立ったって、このことだったんですね…


 〜06年 5月 日付をまたぐタイムテーブル〜

 ドイツ行きが決まったとはいえ、本業のJリーグもおろそかにはしていない。

 大阪には深夜バスで遠征したし、広島にも駆けつけている。そしてレッズサポの立場から

 「長谷部、23人のメンバーに滑りこまないかなあ、キツイかなあ」などと思いを巡らせた。


 5月、Jリーグ中断。ナビスコカップは残っているものの、いよいよW杯モードに入る。

 日本代表は国内でブルガリア、スコットランドと2つの強化試合をこなしたがさしたる結果を得る

 こともできず、漠然とした不安を抱えることとなる。


 「まあ4年前なんて直前にノルウェーにボコボコにされてたわけだし。それに代表チームは

  受験生のようなもの。直前の詰め込みで伸びるさ」


 いくらチーム作りに問題があったとしても戦うのは選手自身。自分は選手の力を信じていた。


 5月23日、柏対札幌の試合を観戦するついでに大原氏と打ち合わせをすることになった。

 場所は柏のケンタッキー。大原氏は詳細なスケジュールを作成してくれていた。

 ここに、そのまま掲載することとしよう。



   <ワールドカップ参戦スケジュール>

        現地時間     日本時間
 6月17日  13:30      13:30   成田空港発
         19:40      20:40   クアラルンプール着
         23:50       0:50   クアラルンプール発

 6月18日   6:25      13:25   フランクフルト着
   (フランクフルト空港からフランクフルト中央駅まで地下鉄で移動)

          8:30      15:30   フランクフルト中央駅発(ニュルンベルク行きのバス)
         12:00      19:00   ニュルンベルク・フランケンシュタディオン着

         15:00      22:00   キックオフ

         17:45       0:45   フランケンシュタディオン発
         21:30       4:30   フランクフルト中央駅着
   (インターシティホテルで一泊)

 6月19日  12:30      19:30   フランクフルト発
    20日   6:40       7:40   クアラルンプール着
         11:00      12:00   クアラルンプール発
         19:10      19:10   成田空港着


 これで体力の配分が計算できる。有難い。ようやく海外へ行くという実感が沸いてきた。


青芝:ハハハ、代表チームを受験生のようなもの、とは言ったもんだな。

天瑞:山かけの当たり外れがあるとこまで一緒なんだけどねえ。

瑞葉:スケジュール見てると…飛行機の乗り継ぎでの待ち時間が長いですね。

天瑞:行きで4時間、帰りも4時間以上。よく待っていられたなあ。我ながら。

    せめてもう少し短ければラクなスケジュールになったのにな…

青芝:その場合は空港で迷って飛行機に逃げられる可能性もあったりするぜ。

天瑞:あはは〜、実はワタシも大原氏も方向オンチで……

瑞葉:でも弱点があったほうが、人って魅力的ですよ!

青芝:その弱点が致命的なモノでない場合に限るがな…


 〜06年 6月12日 影を落とされたブルーズ〜

 おそらくここ4年間で最悪の戦いともいえるあのオーストラリア戦…

 今でも思い出すのがつらい。今更多くの言葉を費やす必要はないだろう。

 後半39分・カーヒル、後半44分・カーヒル、後半ロスタイム・アロイージ……

 時間を確かめると、ああ、本当に10分とかからなかったのか、と思い知らされる。


 気がついたら自分は壁に頭を打ちつけていた。そして放心した。涙は出なかった。


 大原氏とメールのやりとりをする。この人は、ゲンを担がなかったことを後悔していた。

 「自分たちがやるしかない、クロアチア戦に集中だ!」少し強引に気勢を上げる。

 同日深夜の他のグループの試合は録画に任せた。見る気力もなかった。


 翌日、朝からサッカーのニュースが流れてくる。

 自分の戦いに集中することを決意したものの、心のどこかで救いを求めていたのだろう。

 自分の知らないポジティブな要素がないか、チャンネルを回してみる。


 しかし、どれもすでに自分の情報の内にあるものだった。

 足をつって交代した坪井のことが放送されると、悔しくてチャンネルを変えた。


 (…戦い、勝つことでしか道は開けない!)

 フットボールの真理である。

 レッズサポとしての力、ジャパンブルーの誇り、追い詰められた状況でどれだけ試せるか?

 考えようによっては最高の場面だ。

 『負けるつもりなら、地球の裏側からやってきたりしねえよな』

 ブルーのシャツの背面に、白のポスターカラーでこの一文を塗り込んだ。


天瑞:一応、録画はとってあるんだ。負け試合はいつも消してるんだけど…

青芝:勝ち抜けば、笑って見返せるようになる…ってとこか…

天瑞:あはは、今になっちゃ笑い話だけどね〜…

瑞葉:でも…ホント、悲壮だったんですね…

天瑞:ん〜、でもわりと立ち直ってたよ?この戦いをネタにした、ストパニの

    パロディ4コマとか作ってたし!

青芝:単にヤケ気味だっただけじゃねえか?


 〜06年 6月17日昼〜夜 戦士たちの静寂〜

 成田空港のロビーでは、ブルーのシャツを着た面々がちらほらと見られた。

 1戦目の結果が結果だっただけに、浮ついた様子はなく、淡々とチェックインを済ませていく。

 自分はこれまで飛行機は数えるくらいしか乗ったことはなかったが、こんなところで体力を

 使ってはいけないと、深夜バスでの経験が自らに警告していた。

 成田からマレーシアの首都、クアラルンプールまで7時間と少し。

 なお、東京から名古屋まで高速バスを使うと6時間かかる。参考までに。


 これからしばらくは、大原氏にカルガモの雛の如くついていくことになる。


 それにしても飛行機の座席は狭い。ある人がコラムで「飛行機は未来の牢獄だ」と言っていたが、

 確かにそうかもしれない。スペースに関しては深夜バスの方が広い。


 それでも1本目の飛行機はすこぶる快適で、持ち込んだMDの音楽を楽しむ余裕は十分あった。

 マレーシアまでは、何の問題もないフライトだった…


青芝:この後に何かが起こったような言い方だな。

天瑞:うん、ちょっと2本目がね…結局は無事だったけど。

瑞葉:やっぱり狭いんですね、海外行きの飛行機でも…

天瑞:乗ってみると本当にわかるよ、こんな窮屈じゃエコノミー症候群にも

    なっちゃうって。海外組のつらさがようやく分かった。

青芝:何はなくともコンディションだよな…


 〜06年 6月17日夜・18日深夜 忌まわしき巨鳥の称号〜

 マレーシア・クアラルンプール空港。少し暑いが、日本とさして変わりはない。

 次の飛行機まで4時間ある。飛行機の確認も兼ねて、空港内をぶらついてみることにした。

 料理店ではチョークで試合中継の告知がしてある。やはりここもサッカーだ。

 飛行機の行き先一覧に目を移すと「ジョホールバル」の文字が。マレーシアの国内線だろう。

 ジョホールバル。日本がフランスW杯出場を決めた地…

 そうか、9年前きっとこの場所は多くのサポーターが訪れたんだなあ。

 もしかしたら、縁起のよいルート選択だったかもしれない。


 さて自分がこれから乗る飛行機は…電光掲示板からはちょっと見つけづらい。

 何しろ日本語がない上に、ロゴも見慣れないものばかりだったから。

 「ん、インドネシアの飛行機もここを通るんだねえ。」

 「近所だもんね、この辺の人たちにとっては。」

 「…まさかウチの飛行機、ガルーダじゃないだろうねえ?」ちょっと冗談交じりに言ってみる。

 「あっはっは、まさかあ〜」大原氏は、笑った。


 ガルーダとは、インドネシアの航空会社である。

 飛行機に疎い自分が、なぜそんな単語を知っていたのか?

 それはこのガルーダ、過去に大きな墜落事故を起こしていたからだ。

 しかも大原氏がちょうどドイツに短期留学していたのと同じ年である。


 そうこうしているうちに、ようやく自分の飛行機を見つけた。ロゴが2つある。

 どうやら2つの会社がコードを共有して飛行機を飛ばしているらしい。

 1つはマレーシア航空。もう1つは…


 「…!!!!!」


 我々は顔を見合わせた。

 果たしてそれは、ガルーダ・インドネシア航空のロゴだった。
 


青芝:うっわ〜、シャレになってねえなあ…

天瑞:救いだったのは、飛行機自体はマレーシア航空の方の機体だった

    ことかな。

瑞葉:で、でも、過去に事故起こしたのなら気をつけるようになってるかも

    しれないですよ!

青芝:それがな…飛行機ばかりはなあ、信用できるのとそうでないのが

    かなりハッキリしてるんだよ…

天瑞:2人して焦ったなあ。「コレだから安かったのか!」なんてね。


 〜06年 6月18日早朝 〜凍てつく試練、そして彼方の地上〜

 ガルーダだろうがバズーカだろうが関係ねえ!こうなったら何でも乗ってやる!

 我々は半ばやけ気味で、2本目の飛行機に乗り込んだ。

 幸いにも機体はマレーシア航空のもの。落ちはしないだろう。

 …しかし、機内に足を踏み入れた瞬間2人は驚愕した。


 寒いのである。まるで冬を人工的に作り出しているかのようだった。


 マレーシアの気温が高いことに対する配慮なのだろうか、しかしこれは度がすぎている。

 2人は迷うことなく念のため持ち込んでいたコートを取り出した。

 まさかこんなところで使うとは思ってもみなかった。

 『機内はお前を襲うぞお』北海道で著名なタレントの、とある名台詞が頭の中を巡った。


 ちなみに自分は冷房に強くない、というよりは弱い。

 高校時代の夏休み、某予備校の強烈なクーラーにやられてしつこい風邪をひいてしまい、

 受験生にとって貴重な夏休みの大半を棒に振った経験の持ち主である。


 もし愛媛行きの長距離移動の経験がなかったら、ドイツに行くまでに体調をこわしていた

 かもしれない。何度も睡眠と起床を繰り返しつつも、耐えることができたのだった。


 目の前にはシートの背にはめこまれた画面がある。ゲームなどできる他、飛行データを

 調べることもできた。どの国の上空にいるか、ひと目でわかる。

 インド、ウクライナ、チェコ…これだけの国を通過していると思うと、不思議な気分になる。


 12時間の凍てつくフライトの末、飛行機はフランクフルト空港へ無事到着した。

 空港にいるうちは、まだまだドイツの気分ではない。

 大原氏について行きながら中央駅へ向かう地下鉄を探す。

 なお、ドイツの鉄道には改札がない。時々は検札を行うようなのだが、はっきり言って

 タダ乗りが横行しているであろう事は、容易に推察できる。

 ちなみに今回のワールドカップチケットは、試合日の鉄道が無料で利用できるように

 なっている。


 日本に比べると信じられないくらい窓に落書き(というよりは引っかきキズ)の多い地下鉄に

 揺られ、中央駅へ。地下道をやっぱり迷いながらも階段を見つけ、光の先に目を凝らす。

  
   (↑フランクフルト中央駅周辺)

 とうとうやって来たんだ、彼方の地へ。いかにも西洋風といった感じの建物が次々に

 2人を出迎えた。

 (取るぞ、勝ち点)

 身の引き締まる思いだった。フライトの寒さなどすっかり忘れ去っていた。

 


青芝:飛行機の冷房は調節が効かないんだよな。アレは対策立てないと

    ひどい目に遭うぜ。

天瑞:大原氏がね、念を入れて荷物リストを作ってくれてたから

    助かったよ。あれは何を基準にして冷やしてるのかわからん!

瑞葉:晴れてますね。人通りは多くないのかな。

天瑞:日曜日だから。すっごく静かだったよ。フランクフルトも試合会場に

    なってたから、その日は別なんだろうけど。


 〜06年 6月18日 〜遭遇クロアチアサポーター〜

 旅行会社が手配してくれた、ニュルンベルク行きのバスの待ち合わせ場所へ向かう。

  

 すでに臨戦態勢整っているといった趣だった。やはり浮かれた様子はない。

 行きの飛行機で見かけた顔もちらほら見える。

 グループリーグの3試合に参戦できる人なんて、そうそう多くない。

 誰もがスケジュールと、自分の運と資金力と相談して、行ける試合に賭けてくるのだ。

 少なくとも、自分の周囲にいた人たちはそんな感じだった。


 待ち合わせ場所に着いてから1時間ほどでバスの乗車メンバーが揃い、

 いよいよニュルンベルクへ向かうことになった。フランクフルトからニュルンベルクまで3時間。

 ちょうど東京から静岡までバスで移動すると、そのくらいかかる。

 「あとちょっとだねえ。」

 「うん。静岡行きの高速バスに乗ると思えば、すぐだね」

 3時間でも短いと思えてくる。いよいよ時間の感覚がおかしくなり始めたようだ。


 …睡眠を決め込むつもりだったが、飛行機で寝すぎてなかなか寝付けない。

 幸い、ドイツ在住の日本人ガイドさんの話が面白く、いいBGMになった。


 アウトバーンを一路、東へ、東へ。



 サービスエリアを通過するたびに、巨大なトラックが頭を連ねて止まっているのが見えた。

 話によるとドイツではトラックは休日は高速を走れないので、月曜になるまで待機しているらしい。


 1時間少し過ぎると、周囲に自家用車が増えてきた。中には赤白チェックのレプリカユニ姿。

 クロアチアのサポーターが、国境を越えて駆けつけてきたのだ。

 クロアチアからドイツまでは車で6時間。彼らは、我々が東京から名古屋へ遠征する感覚で

 ドイツへとやって来ているのだ。


 サービスエリアでクロアチアサポを間近に見てみると…………でかい。

 顔つきは14〜15くらいなのに、背丈は自分と同じくらいある。空中戦では日本人は不利だ。

 (ちなみに自分は173cmくらい。おそらくこれ以上は伸びないだろう)


 徐々に日差しが強くなる。我々は体力の消耗を避けるため、足早にバスに戻った。


天瑞:ドイツの高速道路は両脇に森が広がっていて、すごく気分良かった。

    電車と迷ったんだけど、こっちのルートもいい感じだったなあ。

青芝:とうとうお出ましだな、クロアチアサポ。

天瑞:試合前だし、まだまだ和んだ雰囲気だったけどね。

青芝:考えてみれば車で国境越えてくるんですね、クロアチアの人たち…

青芝:あちらさんの方は3試合全部に参戦とか、わりといただろうよ。

天瑞:赤白チェックは…レッズで見慣れていたはずなのに、あれだけ

    たくさんいると正直目がチカチカした。

瑞葉:あ…ボールと混ざって見えづらくする作戦じゃないですか!?

青芝:意外とそうだったりな…


 〜06年 6月18日正午 〜フランケンシュタディオン〜

 現地時間、ちょうど正午頃。バスはアウトバーンを下りて一般道へ入り、森の中にたたずむ

 ニュルンベルク・フランケンシュタディオンへ到着した。

 他のルートでやって来た青いサポーター達が続々と終結する。ずらりと並ぶ大型バスはすべて

 日本人を導いてきたものだ。

 自分は自作の旗をマント代わりにし、大原氏と士気を高めた。



 スタジアムへ向かう途中、1人のブラジル人が日本語のボードを持ってチケットを求めていた。

 「ブラジル対日本のチケットゆずってください  アリガト

 思わず吹きだしそうになったが気にしない。自分などはドイツ語を全くしゃべれない身である。

 (大原氏に「グーテンモルゲン=おはよう」だけは教えてもらったが)


 さて、スタジアムに入る前に荷物検査がある。

 Jリーグの試合などでは、わりとササッと行われるのだが…さすがはドイツでのワールドカップ。

 荷物検査が厳重だ。

 自分などは大半の荷物をバスに置いてきたから良かったものの、問題は大原氏。

 この人はリュックを丸々外へしょって来てしまったのである。

 検査員(女性)はにこやかに微笑みつつ、容赦なく荷物の中身を検査していく。

 コンタクトレンズのケースは中身まで空けられたし、正露丸まで引っ張り出された。

 「…そんなものまで持ってきてたのかい!?」

 「いざという時のために…」

 この係員の女性に、正露丸を飲ませたらどんな顔をするだろう?そうでなくても顔が

 ひきつってきているのが分かる。

 結局、さすがに大原氏の4次元ポケットを全て解き明かすのは難しいと観念したか、

 (それでも8割は調べられたが!)円満にゴーサインを出してもらえた。

 荷物を元に戻すのもまた一苦労だったが、それは別の話。

  
    (↑フランケンシュタディオンの荷物検査)

 チケットチェックの方はあっさりパス。決戦の会場はもう目の前だ。


青芝:ほほう、やっぱり厳しかったか、荷物チェック。

天瑞:Jの試合とは比べ物にならなかったよ。空港で使われるような

    金属探知機とか当てられたし。

瑞葉:で、でもそういうアブナイ人はいませんでしたよね??

青芝:ん〜、対戦カードにもよるな。やっぱりヨーロッパでの開催だから

    そういう手合いも来やすいんだよ。フーリガンのリスト作ったりして

    手は打ってたみたいだけどな。

天瑞:実際は陸路から国境を越えればフーリガンも入ってこられたって話。

    警戒してたのは空港だったから…


 〜06年 6月18日 キックオフ前 〜8年前の借りを〜

 ワールドカップの座席はすべて指定席である。

 席種は4つあり、ホーム側ゴール裏・アウェイ側ゴール裏・メインスタンド・バックスタンドと

 色分けされている。

 この試合、日本がホーム側の扱いになっている。

 我々の席はもちろんホーム側のゴール裏。。

 
  (↑ほぼ自席からの視点)

 ポツポツとクロアチアサポーターが混じっているのはご愛嬌といったところか。

 反対の席種でもいいから参戦したいというのが本音だろう。

 向こう側には逆に赤白チェックに混じったブルーがいたかもしれない。(事実2階席にはいた。)

 日本対クロアチアというカードが、サポーター同士の衝突の危険度がないという判断か、

 特に国別に強制移動させられることもなかった。


 
   (↑ピッチレベルの視点)

 このスタジアム、トラックがあるため一見座席からピッチまでの距離が遠いように見えるが

 実際はそれほどでもない。感覚としては駒場に近い。

 ただ、地元ニュルンベルクのサポーターがかなりやんちゃらしく、座席がところどころ

 歪んでいた。普段はいわゆる「爆心地」ゾーンなのだろう。


 ニュルンベルクはソーセージが有名だという大原氏の助言に従い、売店でホットドッグを購入。

 ソーセージをバンズではさんだだけのシンプルなつくりだったが、塩味が効いていて実に美味。

 戦いの前に現地の味覚を少しばかり楽しめた。


 キックオフまで1時間を切ると、続々と席が埋まってゆく。

 JFA最高顧問 長沼健氏のセリフがマイクにのって響いた。

 「…8年前の借りを、今日こそ返しましょう!」

 98年フランスW杯のときも日本はクロアチアと同グループに入り、0−1で敗れている。

 その頃の自分といえばフットボールにさほど興味もなく、ジャマイカ戦の最中に隣の部屋に

 住んでいた方が何かを叫びながら地団駄を踏む音を聞き「ああ、日本やっぱりダメか」と

 思った程度だった。(ちなみに自分はその時「大航海時代2」をプレイ中だった)

 テレビで放映されている「流行の」出来事に一喜一憂するなど、面倒で愚かだとさえ

 思っていたくらいだ。


 …8年の月日はこうも人間を変えてしまうのか、自分はまさしくあの時の隣人そのものであり、

 フットボールをめぐる動きに一喜一憂どころか無数の喜怒哀楽の渦に身を投じる、「愚か者」

 そのものとなっていた。

 ひとたびフットボールを「美しい」と感じてしまったのだから、仕方ないじゃないか。


 FIFAのアンセムが聞こえてくる。整列、国歌斉唱、円陣、そして11人がピッチに散らばる。

 汗が、時を刻むように間断なく流れ続けた。


瑞葉:8年前って…なんかすっごい長い時間に感じちゃう。

青芝:ま、そうだろうよな。瑞葉の8年と俺みたいな人間の8年は違う

    もんだ(しみじみ)

天瑞:ちなみに大航海時代2は全員のキャラでクリアしてみました。

    攻略本に頼りつつだったけど。

青芝:聞いてねえって…お前さん…やっぱ変わってねえな。

天瑞:どの辺が?

青芝:ハマリ出すと止まらないあたりが、だ。

瑞葉:でもその頃ってヨーロッパに行くなんて考えたこと、あったんですか?

天瑞:全っ然!一生行かないと思ってた。

    だから余計にプレイしてたのかな。大航海時代。


 〜06年 6月18日 前半45分 〜死神の鎌が首元を掠める〜

 自分の感覚では、始まってから10分も経っていなかったと思う。(実際は前半21分だった)

 宮本にイエローが出る。ペナルティエリア内…PKだ!

 PKというものは、決まる確率の方が高い。クロアチアにとっては願ってもない先制のチャンス。

 しかも具合が悪いことに、クロアチアは守備が強固(第1戦のブラジル戦で1失点に抑えている)

 で鋭利なカウンターを得意としている。

 早い時間で先制すれば、あとは得意技であるカウンターのポーズを取り続けるのみである。

 点が欲しい日本はむこうから攻めあがってくるだろうから…

 日本にとっては最悪のシナリオだ。


 冗談じゃない!!


 叫んだ。川口の名を、希望というより幻に近い可能性を祈り、後先考えず叫んだ。


 クロアチアのキッカーが誰かを確認する余裕はなかった。もう誰だって同じだ。


 ボールがセットされる。赤白のチェックがチラチラする。やはりあのユニフォームは反則だ。


 そのキッカーは死神の鎌を振るうように足を振り抜いた。


 宇宙開発しろ!そんな願いはあっさり跳ね除けられ、ボールはしっかり枠を捉える。


 しかし同時に川口の重心が左へ倒れこむ。


 トスッ、とかすかな音が聞こえたような気がした。


 ボールは、しっかりと川口の腕の中に収まっていた。


天瑞:こうこう、こんな感じで無駄なく足が崩れて左の方に重心を…

    背中越しに見てたから余計印象強くて。


青芝:アレばかりは忘れられねえよなあ。

瑞葉:見ててドキドキしっぱなしでしたもん、あたしも。

青芝:ただ…あそこで失点してたら、それはそれで点の動きはもっと

    激しくなってたかもしれないんだよなあ。日本の方も…


    あくまで可能性の話だが。

瑞葉:あおしばさん、それはいくらなんでも…

天瑞:いや、確かにそれは一理ある。それでも……仮にそうだったと

    しても…あのPKは、止めて良かったものだと、今でも思う。


瑞葉:ところで、「宇宙開発」って何ですか?

天瑞:宇宙に住まいを移した人類がコロニーの建造を…

青芝:言うと思ったぜ…



※宇宙開発

 シュートが大きく枠を上方に外れる様子を、皮肉とある種の開き直りを

 込めてたとえた言葉。


 〜06年 6月18日 後半45分 〜牙を剥く灼熱〜

 後半に入ると試合展開は膠着状態になった。

 柳沢が惜しいシュートを放つなどそれなりの好機は作り出すが、明らかに動きが少なくなる。

 (※注:このシュートシーン、少なくともその時点では致命的ミスには見えず、むしろゴール裏

     では『その調子、次だ次!』と叫んだりしていた。だから日本に戻った後、このシーンが

     大きく取り上げられているのを見て逆にびっくりしたくらいだった。)

 それは日本に限った話ではない。クロアチアもそれほど迫力のある攻撃は繰り出してこない。

 第1戦終了間際のオーストラリアの攻撃の方がよほど重厚だったように思う。


 直感した。動かないんじゃない、動けないんだ…!


 フランケンシュタディオン下層は屋根のおかげで太陽の光の直撃は避けられる。

 しかしそれでさえ、肌を伝う汗は止まらない。一度意識してしまったらなおさらだ。

 ましてや灼熱に晒されるピッチ上の選手たちがどれだけ消耗していることか…

 (せめてあと1、2回でいい。シュートに持ち込んでくれ…!)

 赤い煙の発煙筒が炊かれている反対側ゴール裏を遠目に見ながら、祈った。

 祈りが通じたのか、アレックスがPA付近に切り込んでくる…いける!

 しかし放たれたシュートはネットを揺らすことはなかった。

 自分の感じた一番のビッグチャンスが終わったと感じて程なくして、終了のホイッスルが

 響きわたった。

 得た勝ち点は3ではなく、1だった。



 …『クロアチアに引き分けた』という事実だけを切り取って考えれば、立派に健闘したという

 見方もできるだろう。何しろ相手は旧ユーゴの流れを汲む古豪であり、3月には親善試合とは

 いえアルゼンチンに勝利を収めているのだ。アウェイ(に近い場所)での勝ち点1は、本来なら

 十分評価に値するはずである。

 ただし、これはW杯のグループリーグ。

 ここで勝ち点3を奪わなければ、決勝トーナメント進出のミッションが致命的に難しくなることは

 戦う前からわかっていたことだった。

 強豪に最低限喰らいついたという事実と、予選突破が遠のいた事実。

 この2つの事実の板ばさみに遭い、自分を含めた周囲はなんともいえない、疲れきった表情を

 するしかなかった…


瑞葉:チャンスらしいチャンス、なかったわけじゃないんですよね…

天瑞:間抜けな話なんだけど、最後のアレックスのシュート、帰国して

    チェックするまで小笠原だと思ってた。

青芝:イージーな記憶違いだぞ。相当だったんだな…暑さ。

    ただ…あと一歩が出るはずなんだよな。修羅場を切り抜けてきた

    選手なら。本来は。

瑞葉:暑いといえば中国のアジアカップだってそうだったし…

天瑞:…やっぱりかかるプレッシャーが違いすぎたのかな、と思うよ。

    レベル的にも、心理的にも。


 〜06年 6月18日 夜 長すぎる夕闇の中で〜

  

 バスに戻る途中、やたらハイテンションなクロアチアサポーターがいた。

 この時点で日本とクロアチアは勝ち点1で並んでいる。

 しかし、クロアチアの次の相手はオーストラリア。一方の日本はブラジル。

 見ようによっては、クロアチアにとって日本戦のドローは結果オーライだともいえる。

 オーストラリアにしっかり勝てば、グループリーグ突破の可能性は確保できるのだから。


 裏の試合、オーストラリア対ブラジルの結果はバスの中で知った。

 0−2、ブラジルの順当勝ち。バスの中がどよめく。可能性はどうなった?

 …どうやら日本は2−0でブラジルに勝てば、グループリーグが突破できるらしい。


 できなくはない…少なくとも当時はそう思っていた。というよりはわずかな希望にでも

 すがりたかった。

 かつてアトランタ五輪・いわゆるマイアミの奇跡でブラジルを1−0で下している。

 あれから10年も経っているんだ。あの時の奇跡にもう1点くらいオマケがついても

 いいじゃないか…


 この時期、ドイツは日没が非常に遅い。夜の9時でも夕方のような景色だった。

 なんとなく、可能性をギリギリ残した日本の状況そのもののようだった。


 ホテルのチェックイン。ここでも大原氏大活躍。

 2人とも完全に疲れきっていて、夕食をとる気力も失せていた。

 Jの試合に参戦したときは、どんなに疲れていても家に戻ってから何かを食していたものだ。

 つまり、物理的に生命力をギリギリまで使ってしまったということだ。

 「外国といってもホテルの内装って、わりと変わらないものだねえ」

 「あ、テレビだ。試合のダイジェストとか、やってるかな?」

 …しかし、どういうわけかスイッチがつかない。押しても引いても反応なし。

 「…寝ようか」

 「うん。」

 勝っていればまた話は別だったのだろうが、我々のとった行動は、あくまで謙虚であった。


天瑞:ホテルに行く途中、寿司の店とか見つけたんだけどねえ。

    もう入る気力もなくて…

瑞葉:同じドローでも1−1とかだったら違っていたのかな…?

青芝:そういや、クロアチア以外のサポーターは見なかったのか?

天瑞:後でも話すけど、いたよ〜。寿司の店の近くにイタリアのサポが

    いた。優勝するなんて思ってなかっただろうから、表情はわりと

    神妙な感じだったけど。



 〜06年 6月19日 せめてもの手土産〜 

 ドイツ最終日の空は見事なまでの快晴。

 朝食を手早く済ませ、ホテルを出る。フライトまでにはまだ余裕はあるが、我々は自分たちの

 方向感覚を信じなかった。

 …案の定、地下道で迷い、空港行きの地下鉄を探すのに少々(?)の時間を費やした。



 フランクフルト空港では、我々と同じく母国に向かうサポーター達でごった返していた。

 

 かなり分かりづらくなっているが、コスタリカのサポーターの一団である。

 コスタリカはドイツ・エクアドル・ポーランドと同居するグループA。

 この時点で2連敗し、グループリーグ敗退が決定している。

 ドイツ以外は十分勝利を狙える相手だっただけに、無念だったことだろう。


 知り合いへの土産を探しに、空港内の店を巡る。

 

 自分は浦和のチケットホルダーを首に下げて行動していた。(ユーロを入れるのに便利)

 「おや、浦和の方ですか?」

 話かけてきたのは、同じく浦和サポーターの夫婦の方だった。さすが、同チームのアイテムに

 目ざとい。さっそくニュルンベルクの出来事で意気投合する。

 「いや、なかなかしんどい試合でしたよね。」

 まずこう切り出すと、互いに苦笑したようにうなずく。やはり感想は同じだ。

 「ニュルンベルク、トラックがあるって聞いたけどわりといいスタジアムでしたよね。」

 「わりと駒場に近い感じで」

 見たことをそのまま言葉にするだけで、いい気晴らしになる。

 まさか浦和から遠く離れた地で駒場について話すとは思わなかった。

 「なんか浦和のLフラッグ見かけちゃいましたよ」

 自分は細かいチェックも忘れない。

 「そうなんですか?じゃあ、キャンプの方にも顔を出していた人かな?」

  ※この時期、浦和はドイツでキャンプを張っていた。

 ちなみにこの方たちは直行便で帰国予定らしく、こちらのマレーシア経由の予定を

 伝えたところ、何やらすごい顔をしていた。


 土産物を次々と買い漁る。

 ドイツ代表パーカー、ビール、スイス産の一口サイズの酒…

 ちなみに自分用に買ったのはコレ。

 

 ドイツ代表、ミヒャエル=バラックの写真集。

 半分くらいはドイツ語のテキストで出来ていたので、簡単には解読できそうにない。

 それでもW杯開催国の中心メンバーになっている男、心惹かれるものがあった。

 彼がチェルシーに移籍するのは大会後のことだから、収められたフォトは当然バイエルンに

 所属していた時期までのものである。


 帰りは来たルートをそのまま戻る。つまりまたしてもマレーシア経由、18時間の旅。

 もう寝倒そう、一生分寝倒してやるぞ。

 …引き分けでこれだけ疲れ切っていたのだから、負けていたらどうなっていたことか、

 想像もつかなかった。


 もはや飛行機がガルーダであるかどうかなど、大した問題ではなくなっていた。



天瑞:コスタリカの他には韓国・オーストラリア、あとイングランドも

    いたかな?

青芝:2試合終えて、そろそろグループ突破に希望がもてる国と

    そうでない国に分かれてくる時期だな。

    …しかし、なかなか高そうな買い物を…

天瑞:先に言っておくけど、解読は全っ然進んでません!

    瑞葉〜、やってみる気ない?

瑞葉:あ、あの、フランス語なら少しだけできるけどドイツ語は…

青芝:ちょっと見せてみな。(パラパラパラ)

    …こりゃ写真集というより副読本だな!




 〜06年 6月19日→20日 迷妄機中〜 

 暇つぶしのテトリス(方向キーが右手で回転が左という不思議なシロモノ)にも飽き、

 窓の外を眺めようにもいわゆる内側の席。結局、MDを交換しつつ何度も回す。

 何十回目かの「少女迷路でつかまえて」を聞きながら、ぼんやりと考え事をしていた。




 思うに。

 テレビで試合を見ていると、ごくごく当たり前のことを忘れてしまったりする。

 飛行機での移動がこんなにも体力を使うなんて思いも寄らなかったことだし、

 ましてや、移動先で試合をするつらさなど、想像だけではなかなか実感しきれないものだ。


 思い出すのはW杯予選…

 海外から戻ってきていきなり試合に出て、重すぎる体を酷使していた選手たち。

 暑さ対策をサウナで済ませていたこともあった。


 プロならば、戦うのが当たり前だとよく言われる。

 しかし、プロとはいえ人間。戦えない時がいつかは来る。それはたいして重要でない時期に

 くるかもしれないし、肝心要のときに突如訪れることだってある。

 選手達を見つめる立場にある者は、このような、言ってしまえばネガティブな想像を巡らせた

 うえで、2番目の手、3番目の手を講じておくものだろう。

 それでもダメなら、日本の力はそこまでなのだから、きっぱりと出直すしかない。


 しかし…これまでの4年間を見ていると、やれることをやりきっていないで、

 オーストラリア戦を迎えてしまったような気がしてならないのだ。

 歯車や機械に砂が混じったら、動きが鈍くなるのは当然。

 「おい、この機械、動きニブイよ、しっかり動いてくれよ〜」

 見てる側はこう言いたくなるものだが、機械にしてみればそのまえに砂をとってくれよと

 言いたいわけである。砂を混ぜられながらも懸命に歯車を回しているのだから…



 要は、「戦っていない選手」などいなかったのだ、と信じたいのだ。

 選手を責めるより前に、どこかに待ち受けている陥穽・あるいは機械に混ぜられた

 砂の存在に思いを馳せられなかったことを、呪わねばならない。

 この4年間は、選手を見つめるすべての存在に、想像力が圧倒的に欠けていた。




 マレーシア・クアラルンプールで約4時間の乗り換え待ち。そして成田行きへ。

 沖縄の上空から眺めた島と海がやたらきれいだったのを覚えている。

 成田に着いたときは、すでに日も落ちていた。




天瑞:…とまあ、こんな感じで日本に戻ってきたわけ。

    たぶん入れ替わりにドイツに向かう人とか、いたんだ

    ろうなあ。

瑞葉:お疲れさまでしたあ。

青芝:どうだい?日本に戻ってきて。

天瑞:やっぱりさすがに懐かしかったよ。

    ただ…地元には成田からの高速バスで戻ったんだけど、

    サッカーのニオイがほとんどなくなってたのには

    驚いたかな…




天瑞:これでドイツ行きの話しはひととおりおしまいだね。

    あ〜、しんどかった!

青芝:ちょっと待ちな。クロアチア戦が終わってもW杯は続いて

    いたはずだろう?もうちょいと上手くしめてくれよ。

天瑞:…やっぱり、もう少し書かなきゃダメ?

青芝:いい思い出はねえだろうけどな。

瑞葉:グループリーグ3戦目、ブラジル戦ですね。

    わたしも見てた…というより聞いてましたよお。

    自室にテレビがないからラジオをこっそり持ち込んで。

青芝:場所はドルトムント。屋根がバカでかいスタジアムだ。

    日本時間にして夜明け間際。

    …あの日の朝は、やけに快晴だったよなあ…

天瑞:……ふう……

瑞葉:……はあ……

青芝:…なんて落ち込んでいても仕方ないだろう?

天瑞:そうだね〜。では06年ドイツW杯、日本代表の最終章。

    こっそりと回想いたします。



 〜終章 06年 6月23日(日本時間) 「痛恨の集大成」〜 

 「起きろォ!日本先制したぞお!!!」

 玉田のゴールがネットに突き刺さるのをしっかり両目で確かめると、自分はすぐさま大原氏に

 電話をかけ、叩き起こした。この人、朝にあまり強くなく、重要度の高い試合が夜中にあっても

 よく寝過ごしてしまう癖がある。

  しかし、「日本先制」の言葉は想像通りの劇薬となったようだ。文字通り眠気を吹き飛ばす

 ような、ひっくり返った声が携帯の向こうから聞こえてきた。

  前半終了間際に1点を返されたが、45分で1−1なら、まだ望みはある。第3GKの土肥が

 ベンチに戻ってくる選手たちを励ます姿が映される。よし、まだまだ喰らいつける。本気で

 そう思っていた。



  しかし、カナリア色の現実はそんな希望を無残に吹き飛ばした。


  まるで、罪を数え上げるかのようにブルーのシャツを蹴散らしていくブラジルの戦士たち。

 考えるより先に、フットボールが本能として身についている。残酷なスコアが次々と刻まれて

 いく。


 『これはどうしたことでしょう。ケガをしたわけでもないのに、ブラジルはキーパーを

 代えるようです』

 確かにアナウンスはそう言っていた。言葉と裏腹に、声の調子は明らかにその意図を知って

 いるようだった。アナウンサーも、つらい職業だ…

 もうやめろ!やめてくれ!!

 これがプロレスかボクシングなら、タオルを投げてその場で降参できるのに…


 キーパーを代えた意図。それはカナリア色からの鮮烈なメッセージ。

 「おまえたちは、ここにいるべきチームではない」

 スコアは1−4。90分の刻を経て、ようやく裁きの時間は終わった。


 インタビュアーのマイクの前に中村俊輔が現れる。

 W杯を楽しみたいと言っていたその顔は、W杯の灼熱に焼かれ、傷ついて、

 疲弊しきっていた。


  日本時間にして午前6時。自分は、日常の時間に生きなければならない。

 太陽の光が、嫌味なくらいにさわやかだった。遠くで起きた悲劇・ねじまがった打撃を

 くらった自分の心とは無関係に晴れ渡る青空。

  しばらく自分は、玉田の先制点の場面…少なくともあれだけは、世界のどこに出しても

 恥ずかしくない…で自分の脳髄を埋めようとすることで、心の平衡を保っていた。


  翌日、とある新聞のスポーツ欄の見出しには「痛恨の集大成」の文字があった。



  数日後、自分は柏の葉にいた。この年のJ2はW杯期間中でも構わず続いていた。

 カードは柏VS水戸。とにかく、「日本の」サッカーに飢えていた。W杯でどんなに

 ボコボコにされようと、日本のサッカーは滅んだりはしない、そんな当たり前のことを

 目の前で確かめたかったのだ。

  試合は柏が先制して、終了間際に水戸が知将の機知で同点に追いつく展開。

  久々にフットボールを、純粋に楽しめた。


  これ以降、W杯決勝ラウンドのTV観戦にムリをしなくなる。日本を叩きのめしたオースト

 ラリアがイタリアと堂々の勝負を演じたのを見届けた後は、特に夜更かし・早起きなどを

 しなくなった。(ラスト3試合はしっかりチェックできたが)


  グループリーグで敗退しても、胸を張れるチームは存在した。死のグループに放りこまれた

 コートジボワールなどはその筆頭だし、スウェーデンに喰らいついてドローに持ち込んだ

 トリニダード・トバゴも忘れられない。

  日本の姿は…ドイツの記憶から消え去った。

  日本らしさを、いい意味で表現できないままに。そのことが、たまらなく悔しかった。



  このテキストを打っているのは、07年2月22日、午後10時30分に近づいた頃。

  少なくとも今のところ、日本代表の強化は、まあまあいい感じに進んでいるようだ。4年間の

 「痛恨の集大成」の記憶は、次なる舞台へ向けて生かされている。Jも開幕を控え、次々と

 各チームのキャンプが打ち上げられている。選手名鑑も売り出され始めた。


  そして自分は、懲りもせず相変わらずサッカー好きであり続けている。

  勝とうが負けようが、100回傷つこうが、否応なしにスケジュールのサイクルに従う。

 いつか良い目が見られるさ、と思いながら…

  日本のクラブチーム(願わくば浦和レッズ)がアジア王者になり、トヨタカップで世界中の

 チームと互角に戦う姿、あるいは代表チームがW杯で存分に「日本」を表現する姿を

 夢見ながら。



 ※追記:2007年11月 浦和レッズ アジア制覇 CWC出場決定。

   フットボールの時計は止まることなく動いている。







〜灼熱のニュルンベルク・完〜







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