〜芝に描かれる物語 vol1〜



    「書き終わった入部届けは、後ろから順番に前に回すようにね〜」

    入学式から2週間経った日のこと。この高校…海に面したN県立野栖中央高校…の新入生の教室は、

   どこにでもあるようなざわめきに包まれていた。

    「青芝くんはどこの部?」

    知り合ったばかりのクラスメイトが、青芝の書いた文字を覗き込もうとする。

    「へええ、意外!自己紹介のとき、歴史が好きだって言ってたから、そっちの研究会とかに

     入るもんだと思ってた!」

    そんな驚きの声を聞くと、青芝はちょっとだけ自信を見せ付けるように笑うと、こう答えた。

    「俺にはサッカーしかないんだ。今までも、そしてこれからも」

     青芝はもらってから5秒で書き込んだ(青芝談)という入部届けを、特に何の感慨もなくあっさりと

    前の席へとまわすのだった。





     青芝辰巳。

     決して人なつっこい外見をしてるわけではない。目鼻立ちはくっきりしているが、どちらかというと

    無骨そうな外見で、見た目以上の年齢に間違われることも少なくなかった。人を見つめる視線には、

    威圧感を与えることもしばしばだ。(ラグビー部の勧誘にも引っ掛かった!)

     「部室はあっちか…」

    桜並木を外れ、ひとりつぶやきながら歩いていく。すぐに野球部と兼用で使っているグラウンドが

    目に入ってきた。肩に引っ掛けたバッグには中学時代から愛用のシューズと、これまた中学時代の

    ジャージ。

     「サッカーの荷物は、本当、手軽でいいもんだ」

    青芝は、何年分かの感慨を込めてつぶやいた。

     「すいませーん」

    ふと、1人の女の子に話しかけられる。

     「サッカー部の部室って、こっちの方でよかったでしょうか?」

     「え、と、自分も新しく入るんですが、たぶんこっちでいいと思います。」

    少しどもりながら答える。女の子と話し慣れている性質ではない。

     「じゃ、仲間ですね!これからよろしくお願いします。あ、見えた見えた〜」

    少しウェーブをかけた、朱色がかった髪をなびかせて、女の子は駆け去っていった。

    彼女は気付いてないだろうが、髪にひとひら、桜の花びらがくっついていた。

     「…マネージャー志望かな?」

    物好きなもんだ…言葉には出さなかったが、青芝はそう思った。

    だってそうじゃないか。洗濯だの何だの、家での手伝いのようなこと(しかも分量はその比ではない)を

    わざわざ部活でまでやりたがるなんて。





     集合場所の部室前までやってきたものの、まだ監督は来ていない。しばらくの間、新入部員も含めて

    ボールを適当に蹴ることが許された。青芝は部の雰囲気をつかんでおこうと、ぐるっと周囲を見回してみる。

     野栖中央のサッカー部は3年生9人、2年生8人そして青芝ら1年生が10人。決して強豪ではない。

    単一の学年だけではメンバーが組めないことも多いくらいだった。県の選手権予選でいえば、2回も勝てば

    校内の大ニュースになる。

     (やっていけそうだ。)

    先輩達とのパス回しに加わりながら、青芝は手ごたえを感じていた。もともと中学時代は県大会で優勝校を

    ギリギリまで苦しめたという自負がある。それ以上の大会には進めなかったから、名前が売れることは

    なかったけれど。

     中学の担任からはスポーツ推薦での受験も勧められたくらいだ。しかし、青芝は一般受験の道を選んだ。

    そこには彼ならではの理由があったわけなのだが…





     「じゃ、自己紹介を始めてもらおうか。出身校は…別にいいや。名前と、やっていた…あるいはやりたい

    ポジションを簡単に、よろしく!」

    監督―と呼ぶにはちょっと若い感じのするのだが―は、そう新入部員たちに促した。

    「鶴木 亮です。中学の頃はゴールキーパーをやっていました。」

    ゴールキーパー、と聞いてその場が喜びの色でどよめく。

    「やったよ!いきなりキーパーだ!」

    「よかったっスねえ、これで3年間、試合はいけそうですよ!」

    「こらこら、本人が高校から別の場所をやりたいと考えてるかもしれんだろ」

    監督が苦笑しながら部員たちをたしなめる。幸い、鶴木は引き続きGKを続ける意志があるようで、その点の

    心配はしなくてすみそうだ。

     自己紹介は進む。高校までは陸上部だったという中山慧、運動量はあるがスライディングの的が外れ

    やすいと照れながら語った倉河秀一、突破力はあるがクロスはあまり上手くない梶田弦…皆、それなりに

    サッカーのセンスはあるものの、決してスーパーなプレイヤーとはいえない。言ってしまえば野栖中央らしい

    メンバーがそろったと言うべきだろうか。

     それも仕方ない点はある。この高校は、どちらかと言うと進学の方に重きを置いている学校だ。





     端の方に立っていたせいで、青芝の自己紹介は少々遅くなった。

    「青芝辰巳です。中学の頃はフォワードをやってました。体は張れる方です」簡単にあいさつする。

    「ふむ、青芝くん…もしかして、国観中相手にゴールを決めたっていう?」

    監督から質問がきた。

    「あ、よく知ってますね。はい。大分前ですが…」

    まさか自分のことを少しでもあらかじめ知っているとは思ってなかったので、少しばかり面食らった。

    「すげえ!国観から!」

    小さくない感嘆の声が漏れてくる。

     国観は全国でも知られるサッカーの強豪。公立ながら中高一貫で、高校レベルのタイトルは数知れない。

    そこからゴールを奪ったことがある…青芝のちょっとした誇りだった。決してうぬぼれているわけではないが、

    先輩たち・同期生たちが自分のことでざわめいているのは、悪い感じはしなかった。





     自己紹介はあと1人。青芝の隣に立っている、褐色の肌の、少しばかり日本人離れした髪をした少年を

    残すのみとなった。しかし彼は部室裏にそびえ立つ桜の木にぼうっと目を奪われているらしく、自己紹介の

    順番がまわってきていることに気付いてないようだ。

     青芝は、つい肘で小突いて合図を送った。

    「え……ああ!すみません!っと、楯岡・マウケス・アレクジーニョ!生粋の、フォワードです!!」

     その少年は、ついさっきまでぼうっとしていたわりには、自信ありげに堂々と自己紹介してみせた。ついで

    ながら、人懐っこい笑顔は青芝とは正反対だ。

    「ん、楯岡くんは、ブラジル系だったね、確か。」

    彼にも興味を示したらしく(というより事前に情報を手にしていたようだ)監督の質問が飛ぶ。

    「はい。半分日本で、半分ブラジルです。それとカントク、できればオレのことは『楯岡』じゃなくて、

     下の名前の方で呼んでもらえますか?ちょっと、あの、慣れないもんで…」

    少し照れながらお願いする姿は全く嫌味がなく、好感を呼ぶに値するものだった。

    「わかった。となると…マウケス?アレクジーニョ??」

    「えーと、『アレク』か、『アレ』でお願いします」

    「じゃあ、できるだけそう呼ぶようにしよう。みんなも、そう呼んでやるようにな!」

    どこからか拍手が起こる。和んだ空気に対する賛辞だろうか。

     青芝は驚いていた。初対面で、堂々と自分のことを主張してみせる、ある種ふてぶてしい胆力。

    それでいて悪い雰囲気は残さない。自分には到底マネできないことだな…青芝はそう思った。





    「あとはマネージャーが入ったんだったな。おーい」

    監督が部室の方に声をかけると、女の子が3人、洗濯しかけのユニフォームを手にしながら駆けてきた。

    うち1人は桜並木の道で青芝に声をかけた1年生だ。

    「あの赤毛のコ、かわいいなあ…」

    真っ先につぶやいたのは隣の日系ブラジル人。青芝は思わず吹きそうになった。

    「そう思わない?」

    わくわくしたような口調で、青芝に話しかけてくる。

    (なんで俺に話を振ってくるんだ!それに今話すような話題でもないだろう!!)

    青芝は目をそらして無視を決め込んだ。このアレクジーニョとやら、かなりの曲者だ!

    「監督〜、自己紹介ならわたしたちも早く呼んでくださいよ〜」

    最年長と思しきマネージャーが少し不満そうに言う。

    「すまんなあ、今年の1年生がなかなか個性的で、早めに特長を捉えておきたくてな…」

    「どふぇっくしょい!!!」

    ……?

    会話を中断させるくしゃみの音に、その場の時が止まった。

    「くしゅん!くしゅん!ふぁ、ふぁくしゅ!!」

    間断なくくしゃみを繰り返しているのはアレクジーニョだった。それも、かなり派手に。

    「お、おい、大丈夫?」

    心配になってさすがに青芝も声をかける。

    「す、すみません、オレ、なんか…日本に来てから、花粉症ぽくて…ふぇくしょい!!!」

    なんなんだ、コイツは…堂々と自己主張したかと思えば、女の子にあっさり目を奪われ、挙句の果てには

    花粉症!こいつと付き合う人間は大変だ…ひとごとのように青芝は思った。

    「もしかしたら、洗濯物がまずかったのかな?最近は桜の咲き方もスゴイし」

    「桜くらいじゃここまでならないよ〜」

    先輩マネージャーが2人して楽しげに話す。他の部員たちも話の種ができたとばかりに笑い合う。

    「大丈夫…?」

    例の朱髪の1年生マネージャーがやってきて、アレクジーニョの顔をのぞきこむもうと身をかがめた。

    その拍子に、彼女の髪についていた桜の花びらが舞い、偶然アレクジーニョの鼻もとへ…

    「なんとか大丈……ウ・ウ・ウ・………どふぁあああっくしょいいい!!!」





     アレクのくしゃみに『タメ』の時間があったおかげで、1年生マネージャーの女の子はしっかりとくしゃみを

    よけることができた。

     しかし、この桜の花が呼び水となってしまい、アレクのくしゃみはとうとう止まらなくなってしまった。

    「やれやれ仕方ない、おい青芝、一緒に保健室に連れて行ってやれ。フォワードのよしみだ。」

    監督の声は青芝に向けられ、

    「あ、わたしも行きます!」

    マネージャーの声が響く。

     青芝はしばし、何が起こっているのか理解できなかった。だいたい保健室に連れて行くといっても、自分だって

    新入生なのだ。校内の構造を把握しているわけではないのだ。

     まあ、肝心なとこはこのマネージャーが何とかしてくれるだろうし、ついて行くだけついて行くか。

    (仕方ないな…)

    申し訳程度に背中をさすってやりながら、3人で保健室へ向かっていく。

    アレクはしばらくくしゃみを響かせていたが、ふとマネージャーに気付くと、嬉しそうに笑顔を見せる。

    「キミの名前なんていうのかな?」

    「え、わたし?わたしは葛木愛奈。よろしくね!」

    「愛奈か〜、いい名前だなあ。よし、覚えたぞ!」

    青芝は呆れていた。花粉症に苦しみながら、気になった女の子に声をかけることをためらわないとは。

    節操のない人間というのは、コイツのことを指すんだろう…

    (こいつとは、関わり合いにならない方がよさそうだ)

    心から、青芝はそう思った。





     …と、そこまで思ったところで、自己紹介を思い返してみる。

    確かこいつ、フォワードだとか言ってたよな?監督も「フォワードのよしみ」とか言ってたし。

    野栖中央は、少なくとも去年は2人のフォワードを並べるツートップで戦っていた。指揮官が同じだとすれば

    この方針は変わらないだろう。

     ツートップの一角を先輩方の誰かが占めるということになれば、もうひとつの枠を争うことになる。

    (こいつ…俺のライバルになるんじゃないか!?)

    肝心のことに気付いた青芝。アレクを見る目が一瞬、厳しいものになった。

     青芝のそんな胸中を知らずか、アレクは相変わらず桜の贈り物に蒸せている…

    「改めてよろしくね、青芝くん!なんだか、奇遇だね。」

    「あ、そうだねー」

    突如愛奈から声を向けられ、上の空な返事になる青芝。

     …いろいろバタついていて、しっかりと愛奈の顔立ちを見ていなかったのだが、冷静に見てみるとアレクの

    言うとおり、大きい瞳、少しばかり空気を含んだふわふわの朱色がかった髪…確かに『可愛い』と言っても

    よさそうだ。

    (…俺には関係のないことだ)

     青芝は努めて思考を打ち切った。

     とにかく、自分のポジション争いの相手は日系ブラジル人。

     それがわかっただけでも、初日としては十分な収穫だった。




     

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