〜芝に描かれる物語 vol2〜



    青芝はDFに囲まれていた。

    N県中学校総体、県大会の3回戦で青芝は国観中のDF相手に四苦八苦していた。後半の25分を

   過ぎたところで、スコアは0−1、国観のリード。

    接戦のように見えるこのスコアだが、これは国観中の計算だった。全国レベルの経験が豊富なこの

   学校は、力量差のある相手と戦う時では、あえてロースコアで試合を締めることが多い。選手の消耗、

   他校へ無駄な情報を与えないための配慮…この深謀遠慮、群を抜いていた。

    青芝はポストタイプのFWとして、国観のDFと渡り合っていたが、いかんせんいい形でボールが

   持てない。味方からのパスを拾ってもフォローが少なく、シュートコースがすぐに消されてしまう。

    (凍りついたままで終わるのは、いやだ!)

    青芝は歯噛みしていた。せめて、この強大な相手に一太刀、浴びせてやりたい…!

    時計は30分を指そうとしていた。国観はペースを落ち着かせようと、前線でキープしていたボールを

   ボランチ(守備的中盤)まで戻す。その瞬間、業を煮やした青芝は猛然とプレッシャーをかけに行った。

    (後ろからだから…転ばさない程度に!)

   これが当たった。慌てた相手ボランチは足元からボール手放そうとして、パスミスしてしてくれたのだ。

   その隙に青芝は『仕事場』であるペナルティーエリア内へと駆け戻る。

    「青芝、ナイス!」味方の司令塔が叫ぶ。

   サイドに流れたルーズボールを捕まえたのは、青芝とツートップを組んでいたもう1人のフォワード。

    「頼む!」

    クロスが入る。見事、青芝の足元に収まった。十分すぎるシュートレンジだ。しかし、青芝の体勢は

   ゴールに背を向けていた。さらに具合の悪いことに、国観のDF3人に密集されてしまっていたのだ。

    (せめてシュートで終わってやる!)

   左足を軸として、右足でボールをキープ、なんとか角度を変える。が、人壁は消えない。

   もう一度、角度を変える。傍から見れば、青芝の体はコンパスのように回っているようだった。

    ふと、一瞬だけネットがはっきりと見えた。ディフェンスの隙間はボール1個分くらい。青芝の体勢は

   …ゴール正面!

   「んなろう!!」

    半分目を閉じて右足を振りぬく。グラウンダー性のボールはたちまちのうちに何本もの足の間をすり抜け、

   国観の守るゴールネットに収まった。

    県営陸上競技場のボードに刻まれたスコアは1−1。その日、会場が最もどよめいた瞬間だった。

    …もっともその後、これはいけないと焦った国観はスーパーサブを投入し、パワープレーを敢行。青芝の

   ゴールから5分後に半ば強引に1点を返してしまったのだが。

    最終的なリザルトは1−2。国観がこの大会で喫した失点は、この1点のみだった。





    「そっかあ、あのゴール、青芝くんだったんだね!」愛奈が笑う。

    「…っても、結局は負けちゃったんだけど…」青芝は照れくさそうにつぶやいた。

   今は部活動の時間ではなく、3クラス合同の体育の時間。3クラス合同の授業だったのだが、たまたま

   愛奈のクラスも一緒だったのだ。バスケの交代要員としてコート外にいる間、昔話をしていたというわけだ。

    「でも青芝くん、スポーツ推薦じゃなくて一般なんだよね?」

    「まあ、あのゴールはかなりマグレ入ってたし…どっちかっていうとあの時そんなに調子はよくなかったんだ」

   嫌味にならないよう気をつけながら、青芝は慎重に答える。

    「じゃあ、本調子じゃないのにゴールできたんだ!やっぱりすごいね♪」

    「いや、それは考えすぎ…」

   青芝は顔を赤くした。ここまで無邪気に誉められると、むしろ焦りが先立ってくる。

   甲高い笛の音が体育館に響くと同時に、青芝は少し億劫そうにバスケのコートへと入った。

    「がんばってね〜、見てるからね!」愛奈が手を振る。

    「バスケはそんな得意じゃないから、あまり見なくていい!」

   知らないうちに青芝は早口になっていた。





    野栖中央には寮もあるのだが、青芝は自宅から通っている。自宅を出るのは8時頃。授業が終わると

   すぐさまグラウンドへ。2時間(日によっては3時間)の練習を終えて自宅へ帰るのが1日のリズムに

   なりつつある。

    ただし、自宅といっても厳密な『我が家』ではない。

    両親を早くに亡くした青芝は、小学校の頃から親類の間を転々としてきたのだ。高校生になった今でこそ

   「人生、日々移籍」などと話の種にでもできるようになってきたのだが、さすがに最初の頃は転校の繰り返しに

   嫌気が差してきたものだった。仲良くなった友達との付き合いは、1年あれば良いほう。いまや手紙のやりとりも

   完全に途絶えてしまっている。

    (自分はなんでこんなに転校しなきゃいけないんだ?)

   その答えのひとつは、小学校卒業間際に偶然手にすることができた…いや、手にしてしまった、と言うべきか。

   10時就寝を守っていた青芝だがその日はなかなか寝付けず、冷たいお茶を1杯だけ飲みたいと思って

   寝床から台所へ行こうとしていた時、下宿先の家族の会話を耳にしたのだ。

    「…やっぱりウチじゃあムリよ」

    「しかし…辰巳くんとマサトは仲もいいし、一緒に中学に進学させても…」

    「そういう問題じゃないのよ。中学生になれば、自分の部屋だって欲しくなるわ。

     そうなればウチじゃ狭いのよ。下の子も大きくなってきたし」

    「ううん…」

    「決して辰巳くんを邪魔っ気にしてるわけじゃないわ。でも、わたしたちは出来ることを十分にやってきた。

     あの子、転校には慣れてるし…大丈夫よ」

    「そうだなあ…じゃあ、おじいちゃんに今度相談してみるよ。いいところ探してもらうよう」

   会話を全部聞き終わる前に青芝はそろりそろりと寝床に引き返していた。戻るまでは話の内容を思い返す

   よりも、見つかりやしないか、そっちの方が心配だったりした。

    (そうか、自分は邪魔者だったんだ)

   寝床で天井を見つめながら、なんとなく空っぽになった心を持て余す。久々に両親のことを思い出すと、

   布団を頭からかぶった。とても人にはみせられない顔をしていたから…





    「早いねー、青芝くん」

   ひと足早く練習場へやって来て、カラーコーンを並べ終えた青芝に続いてやって来たのはGK鶴木亮。

   背が高くて気の優しいのんびり屋といったところか。フィールドに立つのはもう少し先、レギュラーの先輩が

   卒業してからになりそうだ。

    「いやホント、雑用も楽じゃない!」

   苦笑いを浮かべながら鶴木が言うと、青芝がちょっと異を唱える。

    「そうかあ?俺はもっとキツイのを想像してたから、だいぶ楽な方だと思うけどな」

    「ま、ボールもわりと多く触って練習できるしね。」

   部員によっては中学時代に理不尽な先輩のしごき(例:許可なくボールを蹴ったらグラウンド10周とか)を

  経験している者もいる。そうした仕打ちはサッカーの上達には何の利点ももたらさなかったわけだが…

   消えかかったラインを引きなおしながら、とりとめのない話をする2人。

    「サッカーをやるきっかけってのは…なんだったんだろうな?」

  青芝のちょっとした疑問に、鶴木は誠実に答えようとした。

    「うーん、とりあえず、『でかいから』…かなあ。中学の時なんて、自分の知らない間にサッカー部とバスケ部の

    争奪戦になってて、いつの間にかサッカー部に入ってた、って感じで」

    「なんかとんでもないな…」

    「でもまあ、やってみたら楽しかったし、結果オーライ。…で、青芝くんは?」

    「俺は…興味持ったのが小学校5年からだったな…で、本格的にはやっぱり中学から。

    金がなくてもできるのが理由のひとつだったな」

    「あー、わかる!小遣いが少ないんだよねえ、中学校入ったばかりって」

    「卓球とか野球とか、用具だけで2000円3000円はカンタンにすっ飛ぶって話聞いたりした。

    サッカーは…足さえあればできる。」

    「僕は『手』だったりするんだなあ」

    「あ、そうだった、こりゃ間違った…」

    しゃべりながら青芝は思った。自分がサッカーに興味を持ったのは幸運だった。お金をかけないから、

   結果的に下宿先に迷惑をかけないで済んだのだから…





    野栖中央高校サッカー部を率いる高石連也監督は1年生もわりとフィールドの練習に混ぜてくれる。とはいえ

   基礎体力もおろそかにしない。

    今日の1年生の練習は、『ダッシュ往復』のメニューから始まった。

    100m走のコースを走るのだが、笛の音と同時に逆方向へとダッシュする。それを何度か繰り返すのだ。

   笛の音は一定ではなく、4・5回も笛が鳴る頃には足がもつれてフラフラになってくる。

    「力抜くと終わらせないぞー♪」

   高石監督、なかなか容赦ない。もちろん悪意はない。

    「ぬをををををををををを!」

   ひときわ奇声を上げながらダッシュしている男がいる。褐色の肌…楯岡・マウケス・アレクジーニョだ。

    「とりゃ、フェイント!エラシコ!クライフターン!」

   ただ走るのではなく、声にあわせて妙なステップを入れている。

    (またコイツがわけのわからんことを…)

   走りつつ、青芝はため息をついた。2人は隣同士のコースを走っていて、自然と競争みたいな形になった。

   青芝はダッシュ力がある方ではない。が、なんとなくアレクと張り合ってしまった。アレクも負けじとスピードを

   上げる。気付いたら2人は誰よりも走っていた。

    (この、ん、腕の差で俺がリード!もう少しで終わるな…)

   そのままその回のセットが終わろうとする間際…

    「よしアレク、そこでマルセイユターンだ!」

   お茶目な先輩の声が飛んだ。アレクは走りつつ、期待に応えようと往年のジネディーヌ・ジダンのごとく

   体を回転させようとしたのだが…

    「のうわあああああ!」

   勢い余って回りながらずっこけてしまった。たちまち爆笑の渦が起こる。遠くから見ていた愛奈もおなかを

   抱えて笑っている。アレクは転がりながらもゴールまで辿りついた。

    「う〜ん、ジダン失敗!」

   頭をかきながら照れ笑いするアレク。青芝はつくづく思った。俺はこのノリにはついて行けない、と。





    その日の練習の最後に行われたのは2年生対1年生のミニゲーム。高石監督の計らいでセッティングされた

   練習で、多分にレクリエーション要素が強いと思われたのだが…

    人数は7対7。キーパーはなしでゴールはハンドボール用のひとまわり小さいものが使われる。作戦、戦術等は

   1年生は相談してやるように指示され、かんたんに打ち合わせる。

    「俺と、楯岡…がいるから…一応ツートップか」

   青芝が確認をとろうとすると

    「違う〜」

   アレクがごねた。

    「違う?あ、どうせなら攻撃の枚数増やした方がおもしろいか…」

    「そうじゃなくて!俺のことはアレクって呼んでって言ったじゃん!」

    (そっちかよ!)

   青芝は言葉が出なかった。アレクは容赦なくつっこみ続ける。

    「さもないとこっちはキミのことを『タッツィー』って呼ぶぞ!」

   タッツィーは言いにくい、言いにくいぞ!仲間内から笑いの伴ったつっこみが入る。

   もう知らん…青芝は半ばあきらめていた。こりゃ先輩方の洗礼を受けることになりそうだ…

    ミニゲーム開始。1年生のボールから始まる。

    (まずはキープできないと話にならない)

   青芝はアレクの足元へパスを送る、前を向いたアレクに2人の2年生が猛然とプレッシャーをかけてくる。

   相当の勢いだ。このままではアレクのボールは奪われてしまう。

    「下げろ、アレ…え、…えええええ!?」

   アレクの少し後ろでボールを要求した倉河が素っ頓狂な声を上げた。

    アレクは足裏でボールを扱いつつ、巧みなステップで1人目のプレッシャーをかわすと、2人目は頭越しの

   浮き球を送って、とうとう先輩を2人、かわしてしまったのだ。

    瞬時にアレクから青芝へリターンが送られる。びっくりして棒立ちになりかけた青芝だが、なんとか前を

   向く。アレクの見事な個人技で、1年生チームは全員攻撃モードに入った。勢いに乗ってリスクを冒す。

   3人がボールホルダーである青芝を追い越していった。青芝は前方のスペースにパスを送り、3人のうち

   誰かがボールを受けられるようにする。

    ボールは再びアレクのもとへと戻る。前に2年生がひとり行く手をふさいでいるが、シュートを打ってみる価値

   はありそうだ。アレクの選択は…

    リフティング!

    「な…!?」

   視線をずらされた2年生の重心がふらついている間に、アレクはそのままボレーを放った。勢いよく放たれた

   シュートは速度を上げ…バーに豪快に弾かれた。

    ついでにアレクはバランスを崩してそのままゴール内に転がってしまった。

    「う〜ん、失敗!自分ゴ〜ル♪」

   沸き起こる感嘆の声、そして拍手。たて続けに見せ付けた個人技は、ブラジル仕込みのテクニックが決して

   偶然の産物でないことを示すのに十分だった。

    (本当かよ、あいつ……あ、まずい!!)

   あまりのことに呆然としかけた青芝がボールの行く手に気付く。バーに弾かれたボールは2年生に拾われ、

   カウンターをくらいかけていたのだ。

    猛然と戻る青芝。自陣に1年生は2人残っており、なんとか遅らせようとしていたが止めるには

   至らない。ゴールは時間の問題だと思われた。

    「間に合った!」

   そこへ青芝が戻ってくる。そして2年生のボールタッチが少しだけ伸びた瞬間、足を出して見事にクリアして

   見せたのだ。こちらのプレイにもいい感じの拍手が沸いた。

    ちらりとアレクの方を見遣ると、ようやくフラフラになりながら立ち上がろうとするところだった。

    「すいませ〜ん、調子に乗りすぎましたあ」

   人懐こい笑顔を満面にしながら言うと。

    「いやいや、やっぱり面白いなあ、お前!」

   先輩に肩を叩かれながら誉められるのだった。見つめる高石監督も満足そう。





    ボールをセットし直しながら、今までに感じたことのない感覚にとらわれていた。それは、卓越した才能を

   直接目にしたことによる、ある種畏怖の感情。青芝はまだプロリーグを直接観戦にしたことはなかったから、

   この手の技を(至近距離で!)目にしたのは初めてだった。

    (中学の時も、ここまでする奴はいなかった…他校なら、国観あたりに1人くらいいたかもしれないが…)

    青芝の足は、震えていた。アレクをこれまでになく鋭く見つめつつも、震えていた。

    一方アレクは、周囲に増えた2年生DFをおともにしつつも、実に楽しそうにしていたのだった。




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