〜芝に描かれる物語 vol6〜



    期末テストが終わっても、青芝がサッカー部の練習に足を運ぶことはなかった。

    あの『対決』以来、青芝はサッカー部員を避け続けている。声をかけられないように逃げ回るのは

   かなり気を遣った。

    (部員が同じクラスにいなくて助かったぜ…)

    アレクとの対決から1週間以上経っている。あの軽い性格の男のことだ。触れ回った噂が広まるのも

   時間の問題だろう…もはや、サッカーどころではない。

    試験が終わってから3日目。練習のサボりはそろそろ不自然に映って見えてくる頃だろう。青芝は

   予定どおり練習場から遠ざかり、校門を後にした。

    夏場は制服が目立つ。冬なら上着やコートでカモフラージュできてしまうのだが…半袖で涼しいのに、

   その点だけは窮屈だった。

    (やれやれ…)





    「あと2時間…時間をつぶすのか…」

    自宅の神凪夫妻には練習をサボっていることを話していない。(話せるわけがない!)従って、青芝は

   自宅に帰るまでの時間をどこかで潰さねばならない。

    足は自然と地元の駅に向いていた。地方の中小都市といった風情で、それなりにこぎれいに物が揃って

   いる場所だ。駅が近づくにつれ、自分とは違った制服を数多く見かけるようになった。駅前の広場に腰を

   かけたりして、特に用もなくおしゃべりを続ける学生たち、この時間になるとストリートミュージシャン風の

   一団も見かけるようになる。鞄にアクセサリを輝かせ、自宅に帰るまでのつかの間の自由を満喫する…

   一言で言ってしまえば、そんな学生が多かった。

    (部活入ってない奴って、一体何やってるんだろうな?…俺も人のこと言えた義理じゃねえけど)

    駅前の本屋に立ち入ろうとして、青芝はためらった。昨日はここで一時間以上も粘ったのだ。最近の本屋は

   立ち読みを追い払うことなどめったにしなくなったが、さすがにここにだけ立ち寄るのも具合が悪そうだ。

   変に顔を覚えられるのも本意ではない。

    「金、使いたくはないが…ゲーセンにでも行くか…」

   青芝は汗を拭いながら、クレーンゲームで飾られたその店の入口へと入っていった。





    「あの筐体、まだ置いてあるかな…お、あったあった。」

   お目当ての台を探しだした青芝は、椅子に座って50円を投入。タイトル画面には『PANEL CHENGER』の

   文字が浮かぶ。中学3年生だった頃、塾帰りの知り合い(青芝が塾に通っていたわけではない)とふと立ち寄った

   ときに覚えたゲーム。レバーでパネルを動かして、色を揃えて消していく、つまるところパズルゲームだった

    自宅にゲーム機のなかった青芝にとって、やりこんだ数少ないゲームの一つだった。過去に居候先の子が

   ゲーム機を持ってたこともあったが、青芝はあえて触れようとはしなかった。興味がなかったわけではなかったが、

   青芝にはサッカーで十分だったからだ。(あえて控えめに振舞っていたせいもある)

    去年は引退後もサッカー部に顔を出したりしていたが、邪魔できないときはここに来ることも多くなった。

    青芝はこのゲームとよほど相性が良かったらしく、少しの練習で、1コインで20〜30分は粘れるまでの腕前に

   なっていた。

    もっとも、中学時代の知り合いは格闘ゲームや楽器を叩いたりする方に夢中で、あまり青芝の『奮闘』に

   目を向けることはなかったのだが…





    順調にステージ2、3をクリアしていく。画面中央のキャラが喜んだり、ふてくされて潰れたりしているのを

   見ながら、

    「ん、まだ衰えてないな。」

   自分の腕がなまってないことを確認し、ちょっとした自己満足に浸った。さて、たしか3ステージからは『特殊能力』

   もうまく使っていかないと厳しくなっていくんだったな…

    「お?青芝じゃないか?」

    「ん?ああ」

   急に声をかけられ、青芝は気のない返事をした。ゲームセンターの筐体は、タイムなどかけられないから、半分

   画面に、もう半分の意識を声に向けざるをえない。

    「ああ、やあ」

   精一杯の作り笑いを浮かべ、声の主に応える。しかし、青芝の内心は…

    (…なんでわざわざ俺に声をかけるんだ?)

   といったところ。それも無理はない。その声の主−たしか、名字は前川と言っていたか−は中学時代、それほど

   親しいともいえなかった人間だったからだ。

    むしろ中学時代に耳にした、彼に関する「やんちゃな武勇談」の類にイヤな気分になっていたくらいだ。そんな、

   あまり気に入らない人間からでさえ声をかけられてしまうのは、やはり国観からゴールを奪ったあの一件の

   影響がちいさくなかったせいでもある。

    「珍しいな、青芝もこういうとこ来るんだ。サッカーばっかりだと思ってたぜ」

    「ま、たまに来ることもある」

   青芝は画面に集中し直した。少し気を抜いているうちに『おじゃまパネル』がたまってしまっている。

   レバーを巧みに動かして、複数の色を揃えると…パネルは次々と連なって消え、フィールド上はずいぶんと

   すっきりした。

    「やるう!パズルでもハットトリックってやつ?」

    「そんなとこかな…」

   もっとセンスのある言葉使えよ。サッカー用語連発すりゃいいってもんじゃないだろ。なんでこの種の人間は

   簡単にうまいこと言ったつもりになれるんだか…

    青芝は、いらつき始めていた。後ろからの視線のひとつひとつが、ことごとくゲームを続ける上でネガティブな

   要素となっていた。

    (もう席を立つか…)

   ステージ6までたどりついたところで、青芝は意図的にミスをし始めた。相手からの攻撃にたいした抵抗もせず

   手元だけはレバーをガチャガチャいじって焦っているふりをする。とうとうフィールド前面が相手のパネルで

   埋められ、ゲームオーバーとなった。

    「いやー、サッカー以外にも意外な特技があったんだな。ところでサッカーはどうしてんの?」

    「今日は練習の日じゃない。時間が空いたから、来てみたんだよ」

   スコアのランキングに名前を入れつつ、青芝は答えた。ウソと本当が入り混じっている。

    『AAA』って入れるのも芸がないな…適当に入れておくか…

    そんなことを考えている間も、青芝は前川に話しかけられている。

    「ね、携帯番号教えてくんない?俺、最近機種変したんだよね。アドレスとか入れ直すのそりゃ大変で…」

    「悪い、俺、携帯持ってないんだ。」

    「は…?ああ、なんだよ、使えねえ奴だな」

   携帯ひとつでここまで口が悪くなる人間も珍しい。勝手にしてくれ、俺はお前に使われるために生きている

   わけじゃない。

    青芝の周囲では携帯を持つ知り合いも珍しくなかったが、彼自身は持とうとは思っていなかった。持っていなく

   ても不便は感じなかったし、何より毎月の使用料を人の好い神凪夫妻に払わせるのが申し訳なかったからだ。




    「さて、俺はこっちをやるとするか」

    青芝がゲームオーバーになった直後、前川は隣の筐体の椅子に腰をかけた。それは青芝がプレーしていた

   ようなパズルゲームではなく、かなり通好みの格闘ゲーム。難しいコマンドを入力して派手な技を出す類の

   ものだ。

    (少しばかり見てってやるか…)

    椅子に座る前川、後ろで立って眺める青芝。さっきとは逆の形だ。

    キャラが選ばれ、ステージが始まる。無秩序にレバーとボタンを押しているように見えながら、画面内では

   派手な攻防が繰り広げられる。ものの数秒と経たないうちに、青芝は目がチカチカしてきた。

    (俺には向いてないタイプのゲームだな…これじゃきっと5分もたない)

   そんなことを思いながら、青芝は必殺技の応酬をぼうっと眺めていた。

    「なんだ?あっ、くそ、乱入かよ!」

   ふと画面を見ると『HERE COMES NEW CHALLENGER!』の文字があった。どうやら対面の台に

   誰かがコインを入れたらしい。

    「失礼な奴め、逆にぶちのめしてやる!」

   前川はいきり立つ。

    (…これ、やられてゲームオーバーになる寸前での乱入だったから…むしろ有難かったんじゃないか?)

   青芝は心の中で思ったものの、口には出さなかった。わざわざ火に油を注ぐ必要もない。

    プレイヤー同士の対戦が始まった。相手の方は動きも少なく、技もあまり出してこない。

    「ふん、コマンドも覚えてないんだな。楽勝、楽勝」

   鼻で笑う前川。

    ところが、対戦の戦況は想定外…というよりは、全く逆の展開を見せることとなった。

    たしかに相手側のキャラは動きも少なく、決して派手な技も連発してこないのだが、アクションのひとつひとつで

   確実に前川の操るキャラにダメージを与えていく。逆に前川は派手な技こそ披露するものの、その直後にできた

   隙をどうすることもできずに攻め込まれたりもした。

    (すごいな、向こうの台の人…読みきってるって感じだ)

   青芝は素直に関心していた。このゲームのルールも技の出し方も把握していなかったが、それでも相手の上手さは

   伝わってきた。

    「このやろ、超技出ろ、超技!」

   そう叫んで抵抗を試みるも大勢は変わらず。最後は『ぽすっ』と可愛らしい音を立てた弱めのパンチ攻撃で、

   前川の操るキャラは沈んでいったのだった。

    「くそっ、面白くねえ。もういいや、じゃあな」

   前川は吐き捨てるように去っていった。ズボンからはみ出したシャツのすそが哀愁を誘う。

    「行っちまった…まあ、でもわりといい気味…」

   青芝は苦笑いした。その直後…

    「あおしばくーん」

   …今度は誰だ?今日はやたら声をかけられる日だな…

   声はたった今対戦が繰り広げられていた筐体の向こう側から聞こえてきた。どうやら例の対戦相手が呼んでる

   らしい。青芝が反対の台に回ろうとすると、ひとりの女子学生が青芝に手を振って合図を送っていた。

    「奇遇だね♪」

    「!!…衣川先輩…いったい何してるんです…」

   青芝に手を振っていた女子学生は、黒のロングヘアが特徴的な、3年生マネージャーの衣川 珠里だった。





    青芝は、さっき対戦格闘で前川に圧勝した人物と衣川がまだ結びつけられていない。衣川はどちらかというと

   清楚な印象を与える人で、面倒見もよい。成績も優秀で、3年生の部員の間からは『困った時は衣川菩薩に

   詣でるべし』などといった格言めいたものが言い伝えられているくらいなのだ。

    彼女の、人なつっこい瞳が青芝を見つめてくる。

    「買出しの合間に、ちょっと息抜きしたくなっちゃって。そしたら青芝くんの姿が見えたから」

    青芝は自分の置かれた状況を思い出した。自分は練習をさぼっていて、そこを先輩マネージャーに見つかった。

   ある意味、いちばん会いたくない人といっていい。

    (しまった…どうごまかす?…いや、ごまかしようなんてないだろうな…たぶん愛奈から全部聞いてるんだろうし)

   青芝は問い詰められるのを覚悟した。

    しかし…

    「ね、このゲームやってみない?見た目よりけっこう簡単だよ?」

   想像もしないセリフだった。俺を連れ戻すつもりじゃなかったのか??

    「あ、あの〜練習のほうは…」

    「高石先生にはナイショね♪ほら、座って座って!」

   拒むこともできずに、とりあえず座る。筐体の画面はコンピュータとの戦いが再開されようというところだった。

    「ボタン操作とか、全然わからない…」

    「十字は大丈夫だよね?とりあえずAとBだけ使ってればいいよ。」

   どうもおかしなことになった。衣川は青芝を叱るわけでも連れ戻すわけでもなく、ただ単に息抜きのために

   格闘ゲームに興じている。

    「ああ〜あ、やっぱり強い…」

    「ここはむやみに飛び込まないほうがいいよ。距離をとって…するとこの難易度なら特定の技を出してくるから」

   どうやら衣川はコンピュータのクセまで読んでいるらしい。頭のいい人はゲームにも妥協しないのか…

   さっきの前川ではないが、『こんな特技があったんですか?』と聞きたくなってしまう。

    「技、出してみる?」

    「なんか、コマンドが複雑すぎて…んくく」

    「十字の右下の部分で『Z』を描くように…えっとね、こんなふうに」

   衣川が両手を青芝が握っているレバーに伸ばしてくる。わずかながらその手が青芝の指に触れていた。見た目

   には、ピアノの練習に付き合う先生と生徒といったところ。

    指だけではない。衣川の長い髪も青芝の腕に触れてくる。これだけ近づいていれば当然の成り行きだった。

    (く、くすぐったい…!)

   衣川が青芝の肩越しにレバーを動かすと、髪も流れるように動いて青芝の腕を滑ってゆく。青芝はその感触を

   ムリヤリ遮断しようと、目の前の画面に意識を集中させた。とにかく、とにかく相手を倒すように…

    「やったね、1人目クリア!」

   衣川の助けもあって、なんとか1人勝ち抜くことができた。まだ動きはぎこちないものの、プレイし始めの頃と

   比べれば雲泥の差だ。

    「衣川先輩の教え方が上手かったからですよ。」

    「そう言ってもらえるとすごく嬉しいな。」

   傍目から見れば、いい雰囲気の姉弟くらいには思われるかもしれないな…衣川と笑い合いながら、青芝は

   そんなことを思っていた。



    結局、練習させてもらったり衣川のお手本プレーを見せてもらったりと、ゲームセンターをすっかり満喫して

   しまった。

    「ふうう〜、楽しかったね!」

    「…楽しかったのはいいんですけど、練習…」

   練習、とまで言いかけて青芝は口ごもった。もともと部活に戻れるような気分ではない。

    そもそもこの人は俺とアレクの対決のことを知っているのだろうか?今までまったく話題にしてないが、知ってて

   あえて話題にしないのだろうか?

    「じゃ、わたしは学校に戻るから。今日は買出しの荷物だけ置いて帰り、かな。」

   衣川の笑顔は変わらない。青芝は切り出してみた。

    「先輩、俺、練習サボって…」

    「わかってるよ」

   衣川は人差し指を口に当てて、青芝の話を制した。

    「この学校、どっちかっていうと進学重視の方だし…途中から来なくなっちゃう部員もいないわけじゃない。

     でもね、高石先生はいつでも戻ってこられるような雰囲気を作ってくれてるから。」

   …衣川の言葉は素直に嬉しい。しかし、この口ぶりからすると、どうやら青芝とアレクのシュート対決のことはどうも

   知らないような感じだ。

    「いつでも戻ってきて、大丈夫だからね!」

   この言葉も、俺が愛奈の顔に弾丸シュートを打ちかけたことが知られたら、即座に取り消されてしまうのだろう

   か…?

    逃げたい気持ち、信じたい気持ち。

    今の青芝には、感情を言葉にする術は持ち合わせていなかった。ただ、まっすぐに衣川の澄んだ瞳を見つめ

   続けるしかなかった。

    「じゃあ、帰り気をつけてね」

   長い髪を揺らしながら、クレーンゲームのフロアを抜けて外へ出ていく衣川。

    青芝はしばらく、夢から覚めきらないような顔で、そのまま立ち尽くしていた。


   



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